箴言2章6~8節、詩篇67篇、使徒16章1~8節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

箴言 2:6 知恵を授けるのは主。主の口は知識と英知を与える。
2:7 主は正しい人のために力を 完全な道を歩く人のために盾を備えて
2:8 裁きの道を守り 主の慈しみに生きる人の道を見守ってくださる。

詩篇 67:1  指揮者によって。伴奏付き。賛歌。歌。 
67:2 神がわたしたちを憐れみ、祝福し 御顔の輝きを わたしたちに向けてくださいますように
67:3 あなたの道をこの地が知り 御救いをすべての民が知るために。
67:4 神よ、すべての民が あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって あなたに感謝をささげますように。
67:5 諸国の民が喜び祝い、喜び歌いますように あなたがすべての民を公平に裁き この地において諸国の民を導かれることを。
67:6 神よ、すべての民が あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって あなたに感謝をささげますように。
67:7 大地は作物を実らせました。神、わたしたちの神が わたしたちを祝福してくださいますように。
67:8 神がわたしたちを祝福してくださいますように。地の果てに至るまで すべてのものが神を畏れ敬いますように。

使徒 16:1 パウロは、デルベにもリストラにも行った。そこに、信者のユダヤ婦人の子で、ギリシア人を父親に持つ、テモテという弟子がいた。
16:2 彼は、リストラとイコニオンの兄弟の間で評判の良い人であった。
16:3 パウロは、このテモテを一緒に連れて行きたかったので、その地方に住むユダヤ人の手前、彼に割礼を授けた。父親がギリシア人であることを、皆が知っていたからである。
16:4 彼らは方々の町を巡回して、エルサレムの使徒と長老たちが決めた規定を守るようにと、人々に伝えた。
16:5 こうして、教会は信仰を強められ、日ごとに人数が増えていった。
16:6 さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。
16:7 ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった。
16:8 それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った。


全ての人に福音を宣べ伝えるということは、人が多く住む都会の街だけでなく、どんな田舎の町でも、そこに住む人がいるということを忘れてはならないだろう。
もちろん、経済的な問題や、成果といったことを考えると、なかなか難しいのが実情であろう。
けれど、自分が神と出会い救われた時、そこに、人がいるとかいないとか、お金があるとかないとかといった基準で伝道がなされたかということを思うなら、そんなことは全く問題ではなかったはずであろう。
そこに人がいて、救われるべき魂があった、ただそれだけのことであろう。
パウロらの宣教旅行も、多くの困難の伴うものであったに違いない。
人もお金も、協力してくれる人も、何でも十分にそろっていたとは思えない。
足りないなか、工夫しながら宣教の旅を進めていったのであろう。
私たちの人生においても、何もかも必要なものがそろっているといったことは、一度だってあったことはない。
欲しいものを数えればきりがないけれど、今手元にあるもので、それでできる働きを続けて行けばいいのだろう。

2コリント9:8 神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる善い業に満ちあふれるように、あらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります。


無いもの、できないことを無理やりやろうとしても、それは無理なこと。
与えられたものを用いて、できることをする。
恵みは十分なのだから。