ハバクク3章2~15節、詩篇20篇、ルカ18章31~34節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ハバクク 3:2 主よ、あなたの名声をわたしは聞きました。主よ、わたしはあなたの御業に畏れを抱きます。数年のうちにも、それを生き返らせ 数年のうちにも、それを示してください。怒りのうちにも、憐れみを忘れないでください。
3:3 神はテマンから 聖なる方はパランの山から来られる。 その威厳は天を覆い 威光は地に満ちる。
3:4 威光の輝きは日の光のようであり そのきらめきは御手から射し出でる。御力はその中に隠されている。
3:5 疫病は御前に行き 熱病は御足に従う。
3:6 主は立って、大地を測り 見渡して、国々を駆り立てられる。とこしえの山々は砕かれ 永遠の丘は沈む。しかし、主の道は永遠に変わらない。
3:7 わたしは見た クシャンの幕屋が災いに見舞われ ミディアンの地の天幕が揺れ動くのを。
3:8 主よ、あなたが馬に乗り 勝利の戦車を駆って来られるのは 川に向かって怒りを燃やされるためか。怒りを川に向け 憤りを海に向けられるためか。
3:9 あなたは弓の覆いを取り払い 言葉の矢で誓いを果たされる。 あなたは奔流を起こして地をえぐられる。
3:10 山々はあなたを見て震え 水は怒濤のように流れ 淵は叫び、その手を高く上げる。
3:11 あなたの矢の光が飛び 槍のきらめく輝きが走るとき 日と月はその高殿にとどまる。
3:12 あなたは、憤りをもって大地を歩み 怒りをもって国々を踏みつけられる。
3:13 あなたは御自分の民を救い 油注がれた者を救うために出て行かれた。あなたは神に逆らう者の家の屋根を砕き 基から頂に至るまでむき出しにされた。
3:14 あなたは矢で敵の戦士の頭を貫き 彼らを嵐のように攻められた。彼らの喜びは、ひそかに貧しい者を食らうように わたしを追い散らすことであった。
3:15 あなたは、あなたの馬に、海を 大水の逆巻くところを通って行かせられた。

詩篇 20:1  指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。
20:2 苦難の日に主があなたに答え ヤコブの神の御名があなたを高く上げ
20:3 聖所から助けを遣わし シオンからあなたを支えてくださるように。
20:4 あなたの供え物をことごとく心に留め あなたのささげるいけにえを快く受け入れ
20:5 あなたの心の願いをかなえ あなたの計らいを実現させてくださるように。
20:6 我らがあなたの勝利に喜びの声をあげ 我らの神の御名によって 旗を掲げることができるように。主が、あなたの求めるところを すべて実現させてくださるように。
20:7 今、わたしは知った 主は油注がれた方に勝利を授け 聖なる天から彼に答えて 右の御手による救いの力を示されることを。
20:8 戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが 我らは、我らの神、主の御名を唱える。
20:9 彼らは力を失って倒れるが 我らは力に満ちて立ち上がる。
20:10 主よ、王に勝利を与え 呼び求める我らに答えてください。

ルカ 18:31 イエスは、十二人を呼び寄せて言われた。「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子について預言者が書いたことはみな実現する。
18:32 人の子は異邦人に引き渡されて、侮辱され、乱暴な仕打ちを受け、唾をかけられる。
18:33 彼らは人の子を、鞭打ってから殺す。そして、人の子は三日目に復活する。」
18:34 十二人はこれらのことが何も分からなかった。彼らにはこの言葉の意味が隠されていて、イエスの言われたことが理解できなかったのである。


ウクライナでのロシア軍による残虐な行為が明るみになるにつれ、ロシアに対する非難の声が大きくなってきている。
第二次大戦におけるナチスでもここまで酷くなかったかのように伝えられているが、実際には戦争下においては、どこの国の人であろうと多かれ少なかれ同じようなことをしていたに違いない。
人間とはかくも残虐な生き物であるということを戦争を通して思い知らされるだけなのであろう。
平和な時であっても、人は人を避難し、いじめ、そして殺す。
イエス様を十字架につけて殺した人たちも、私たちを何も変わらない人間であり、もし私たちがそこにいても、きっと同じことをするのだろう。
人間ほど恐ろしい存在はいない。
しかし、神はその恐ろしい人間を救いたいと願われた。
御子の命を犠牲にしても、救いたいと強く願われ、イエス様はその犠牲となって死なれたのである。
なんとも畏れ多いことであるが、これが神と人との真実である。
一日も早く戦争をやめ、少しでも人が平和で暮らせる世の中になって欲しいと願うが、一見平和な国に思えるような私たちの国の中にも、目に見えない所で以下に多くの残虐なことが行われているかということを思う時、どうか主なる神さまの深いご愛を知って、神に愛され、赦され、生かされている者として、喜びと平安のうちを歩んでほしいと願うばかりである。