創世記43章16~34節、詩篇37篇1~11,39~40節、ローマ8章1~11節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

創世記 43:16 ヨセフはベニヤミンが一緒なのを見て、自分の家を任せている執事に言った。「この人たちを家へお連れしなさい。それから、家畜を屠って料理を調えなさい。昼の食事をこの人たちと一緒にするから。」
43:17 執事はヨセフに言われたとおりにし、一同をヨセフの屋敷へ連れて行った。
43:18 一同はヨセフの屋敷へ連れて来られたので、恐ろしくなって、「これはきっと、前に来たとき我々の袋に戻されていたあの銀のせいだ。それで、ここに連れ込まれようとしているのだ。今に、ろばもろとも捕らえられ、ひどい目に遭い、奴隷にされてしまうにちがいない」と思った。
43:19 彼らは屋敷の入り口のところでヨセフの執事の前に進み出て、話しかけて、
43:20 言った。「ああ、御主人様。実は、わたしどもは前に一度、食糧を買うためにここへ来たことがございます。
43:21 ところが、帰りに宿で袋を開けてみると、一人一人の袋の口のところにそれぞれ自分の銀が入っておりました。しかも、銀の重さは元のままでした。それで、それをお返ししなければ、と持って参りました。
43:22 もちろん、食糧を買うための銀は、別に用意してきております。一体誰がわたしどもの袋に銀を入れたのか分かりません。」
43:23 執事は、「御安心なさい。心配することはありません。きっと、あなたたちの神、あなたたちの父の神が、その宝を袋に入れてくださったのでしょう。あなたたちの銀は、このわたしが確かに受け取ったのですから」と答え、シメオンを兄弟たちのところへ連れて来た。
43:24 執事は一同をヨセフの屋敷に入れ、水を与えて足を洗わせ、ろばにも餌を与えた。
43:25 彼らは贈り物を調えて、昼にヨセフが帰宅するのを待った。一緒に食事をすることになっていると聞いたからである。
43:26 ヨセフが帰宅すると、一同は屋敷に持って来た贈り物を差し出して、地にひれ伏してヨセフを拝した。
43:27 ヨセフは一同の安否を尋ねた後、言った。「前に話していた、年をとった父上は元気か。まだ生きておられるか。」
43:28 「あなたさまの僕である父は元気で、まだ生きております」と彼らは答え、ひざまずいて、ヨセフを拝した。
43:29 ヨセフは同じ母から生まれた弟ベニヤミンをじっと見つめて、「前に話していた末の弟はこれか」と尋ね、「わたしの子よ。神の恵みがお前にあるように」と言うと、
43:30 ヨセフは急いで席を外した。弟懐かしさに、胸が熱くなり、涙がこぼれそうになったからである。ヨセフは奥の部屋に入ると泣いた。
43:31 やがて、顔を洗って出て来ると、ヨセフは平静を装い、「さあ、食事を出しなさい」と言いつけた。
43:32 食事は、ヨセフにはヨセフの、兄弟たちには兄弟たちの、相伴するエジプト人にはエジプト人のものと、別々に用意された。当時、エジプト人は、ヘブライ人と共に食事をすることはできなかったからである。それはエジプト人のいとうことであった。
43:33 兄弟たちは、いちばん上の兄から末の弟まで、ヨセフに向かって年齢順に座らされたので、驚いて互いに顔を見合わせた。
43:34 そして、料理がヨセフの前からみんなのところへ配られたが、ベニヤミンの分はほかのだれの分より五倍も多かった。一同はぶどう酒を飲み、ヨセフと共に酒宴を楽しんだ。

詩篇 37:1  ダビデの詩。 悪事を謀る者のことでいら立つな。不正を行う者をうらやむな。
37:2 彼らは草のように瞬く間に枯れる。青草のようにすぐにしおれる。
37:3 主に信頼し、善を行え。この地に住み着き、信仰を糧とせよ。
37:4 主に自らをゆだねよ 主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
37:5 あなたの道を主にまかせよ。信頼せよ、主は計らい
37:6 あなたの正しさを光のように あなたのための裁きを 真昼の光のように輝かせてくださる。
37:7 沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ。繁栄の道を行く者や 悪だくみをする者のことでいら立つな。
37:8 怒りを解き、憤りを捨てよ。自分も悪事を謀ろうと、いら立ってはならない。
37:9 悪事を謀る者は断たれ 主に望みをおく人は、地を継ぐ。
37:10 しばらくすれば、主に逆らう者は消え去る。彼のいた所を調べてみよ、彼は消え去っている。
37:11 貧しい人は地を継ぎ 豊かな平和に自らをゆだねるであろう。
37:39 主に従う人の救いは主のもとから来る 災いがふりかかるとき 砦となってくださる方のもとから。
37:40 主は彼を助け、逃れさせてくださる 主に逆らう者から逃れさせてくださる。主を避けどころとする人を、主は救ってくださる。

ローマ 8:1 従って、今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません。
8:2 キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからです。
8:3 肉の弱さのために律法がなしえなかったことを、神はしてくださったのです。つまり、罪を取り除くために御子を罪深い肉と同じ姿でこの世に送り、その肉において罪を罪として処断されたのです。
8:4 それは、肉ではなく霊に従って歩むわたしたちの内に、律法の要求が満たされるためでした。
8:5 肉に従って歩む者は、肉に属することを考え、霊に従って歩む者は、霊に属することを考えます。
8:6 肉の思いは死であり、霊の思いは命と平和であります。
8:7 なぜなら、肉の思いに従う者は、神に敵対しており、神の律法に従っていないからです。従いえないのです。
8:8 肉の支配下にある者は、神に喜ばれるはずがありません。
8:9 神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。
8:10 キリストがあなたがたの内におられるならば、体は罪によって死んでいても、"霊"は義によって命となっています。
8:11 もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。


この世の中には多くの悪と不正がある。
それらは正されるべきと思う事は間違ってはいない。
けれど、それに対し、怒りや妬みの感情を抱いて攻撃しようとするなら、もはやそれは正義でもなんでもない。
自分が忌み嫌っているはずの悪と何ら変わりはない。
全ての人間は罪を犯している。
誰一人、正しいものなどいない。
だから、人間が人間を裁こうとしても、そこには本当の正しさは成り立たないし、お互い、滅びへと進んでいくだけである。
主なる神様は、そんな愚かな罪人である人間を裁こうとはされず、反対に、救おうとされた。
生かそうとされたのである。

肉の思いは死であり、霊の思いは命と平和であります。

主なる神様が、御子イエス様の命を投げだしてまで救おうとされたこの命を間違った生き方に用いてはならない。
少なくとも、他者を裁くために生きるのではなく、救うために生かされているものであることを覚えたいものである。