歴代誌上28章1~10節、詩篇147篇12~20節、1コリント3章10~17節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

歴代誌上 28:1 ダビデはイスラエルの長たる者をすべてエルサレムに召集した。部族の長、王に仕える各組の将軍たち、千人隊の長、百人隊の長、王と王子たちの全財産と家畜を預かる長官と宦官、勇者、それにすべての勇士も共に召集した。
28:2 ダビデ王は立ち上がって言った。「わたしの兄弟たち、わたしの民よ、聞け。わたしは主の契約の箱、わたしたちの神の足台を安置する神殿を建てる志を抱き、その建築のために準備を進めてきた。
28:3 しかし、神はわたしに言われた。『あなたは戦いに明け暮れ、人々の血を流した。それゆえ、あなたがわたしの名のために神殿を築くことは許されない』と。
28:4 イスラエルの神、主はわたしの父の全家からこのわたしを選び、とこしえにイスラエルの王となるようにされた。主はユダを指導者として選び、そのユダの家の中でわたしの父の家を選び、わたしの父の子らの中でこのわたしを全イスラエルの王にすることをお望みになったからである。
28:5 主はわたしに多くの子を授けてくださったが、その中からわが子ソロモンを選び、イスラエルを支配する主の御国の王座につくようにされた。
28:6 主はわたしに言われた。『わたしの家とわたしの庭を築くのは、あなたの子ソロモンである。わたしは自分のために彼を選んで、わたしの子とし、わたしはその父となるからだ。
28:7 もし彼が、今日のように、わたしの戒めと法をしっかりと行うなら、わたしは彼の王国をとこしえに堅く据えよう』と。
28:8 今、イスラエルのすべての人々、主の会衆の目の前で、またわたしたちの神が聞いておられるこの場所で言う。あなたたちの神、主のすべての戒めに留意し、それを求めよ。こうしてこの恵みの土地を得、これをあなたたちの後に続く子孫にとこしえに受け継がせよ。
28:9 わが子ソロモンよ、この父の神を認め、全き心と喜びの魂をもってその神に仕えよ。主はすべての心を探り、すべての考えの奥底まで見抜かれるからである。もし主を求めるなら、主はあなたに御自分を現してくださる。もし主を捨てるならば、主はあなたをとこしえに拒み続けられる。
28:10 今、よく考えよ、主は聖所とすべき家を建てるためにあなたを選ばれた。勇気をもって行え。」

詩篇 147:12 エルサレムよ、主をほめたたえよ シオンよ、あなたの神を賛美せよ。
147:13 主はあなたの城門のかんぬきを堅固にし あなたの中に住む子らを祝福してくださる。
147:14 あなたの国境に平和を置き あなたを最良の麦に飽かせてくださる。
147:15 主は仰せを地に遣わされる。御言葉は速やかに走る。
147:16 羊の毛のような雪を降らせ 灰のような霜をまき散らし
147:17 氷塊をパン屑のように投げられる。誰がその冷たさに耐ええよう。
147:18 御言葉を遣わされれば、それは溶け 息を吹きかけられれば、流れる水となる。
147:19 主はヤコブに御言葉を イスラエルに掟と裁きを告げられる。
147:20 どの国に対しても このように計らわれたことはない。彼らは主の裁きを知りえない。ハレルヤ。

1コリント 3:10 わたしは、神からいただいた恵みによって、熟練した建築家のように土台を据えました。そして、他の人がその上に家を建てています。ただ、おのおの、どのように建てるかに注意すべきです。
3:11 イエス・キリストという既に据えられている土台を無視して、だれもほかの土台を据えることはできません。
3:12 この土台の上に、だれかが金、銀、宝石、木、草、わらで家を建てる場合、
3:13 おのおのの仕事は明るみに出されます。かの日にそれは明らかにされるのです。なぜなら、かの日が火と共に現れ、その火はおのおのの仕事がどんなものであるかを吟味するからです。
3:14 だれかがその土台の上に建てた仕事が残れば、その人は報いを受けますが、
3:15 燃え尽きてしまえば、損害を受けます。ただ、その人は、火の中をくぐり抜けて来た者のように、救われます。
3:16 あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。
3:17 神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。


ダビデは、自分が王である時代には神殿建設が適えられなかったことについて、息子ソロモンがそれを成し遂げるであろうと考えていた。
歴代誌28章6~7節では、あたかも主なる神様がそう仰せられたかのように記されているが、これは預言者ナタンがダビデに告げたことのダビデの個人的な解釈によるものであろう。
実際には「ソロモン」という名前が出てきているわけではないからである。
そもそも主なる神様がダビデに告げられた王国の約束は、短期的に自分の子どもや孫の時代に実現するとは語られているわけではない。
いつとか、誰がとか、どんな風にとか、細かく語られたわけではない。
あなたから出る子孫が永遠の王国を建てる、と仰せられたに過ぎない。
その預言は、数百年の時を経て、イエス様によって実現しているのであり、もっと長期的な視野のもとに語られた預言の言葉であったということが伺えるのである。
同じように、私たちもまた、主なる神様の御言葉に聞いていく時に、短期的な視点ばかりで物事を考えていると、大切なことを見誤ったり、見失ったりしてしまう恐れがあることを覚えたい。
主なる神様は、永遠のお方、もっと長期的な視点で物事をみておられるし、導いておられるのだろう。
もちろん、私たちを取り巻く日常的なことの一つ一つを祈っていくことは大切であるが、同時に、永遠の時の中で語りかける神様の言葉を思いめぐらしながら、その中における今、今日の歩みを導いていただく、そういうものでありたい。
2000年も前に、私たちのために十字架で死に、よみがえられたイエス様の救いの御業が、今を生きる私たちの歩みとつながっているように、今日の選択、今日の行動が、すぐに明日につながるかどうかわからないけれども、もしかしたら、何百年の未来とつながっているのかもしれないことを覚えて歩んで行きたい。
大切なことは、神の御前に、神と共に、今を誠実に生きて行くことであろう。