エレミヤ31章31~34節、詩篇80篇2~8節、ヘブル10章10~18節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エレミヤ 31:31 見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。
31:32 この契約は、かつてわたしが彼らの先祖の手を取ってエジプトの地から導き出したときに結んだものではない。わたしが彼らの主人であったにもかかわらず、彼らはこの契約を破った、と主は言われる。
31:33 しかし、来るべき日に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、と主は言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
31:34 そのとき、人々は隣人どうし、兄弟どうし、「主を知れ」と言って教えることはない。彼らはすべて、小さい者も大きい者もわたしを知るからである、と主は言われる。わたしは彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心を留めることはない。

詩篇 80:2 イスラエルを養う方 ヨセフを羊の群れのように導かれる方よ 御耳を傾けてください。ケルビムの上に座し、顕現してください
80:3 エフライム、ベニヤミン、マナセの前に。目覚めて御力を振るい わたしたちを救うために来てください。
80:4 神よ、わたしたちを連れ帰り 御顔の光を輝かせ わたしたちをお救いください。
80:5 万軍の神、主よ、あなたの民は祈っています。いつまで怒りの煙をはき続けられるのですか。
80:6 あなたは涙のパンをわたしたちに食べさせ なお、三倍の涙を飲ませられます。
80:7 わたしたちは近隣の民のいさかいの的とされ 敵はそれを嘲笑います。
80:8 万軍の神よ、わたしたちを連れ帰り 御顔の光を輝かせ わたしたちをお救いください。

ヘブル 10:10 この御心に基づいて、ただ一度イエス・キリストの体が献げられたことにより、わたしたちは聖なる者とされたのです。
10:11 すべての祭司は、毎日礼拝を献げるために立ち、決して罪を除くことのできない同じいけにえを、繰り返して献げます。
10:12 しかしキリストは、罪のために唯一のいけにえを献げて、永遠に神の右の座に着き、
10:13 その後は、敵どもが御自分の足台となってしまうまで、待ち続けておられるのです。
10:14 なぜなら、キリストは唯一の献げ物によって、聖なる者とされた人たちを永遠に完全な者となさったからです。
10:15 聖霊もまた、わたしたちに次のように証ししておられます。
10:16 「『それらの日の後、わたしが彼らと結ぶ契約はこれである』と、主は言われる。『わたしの律法を彼らの心に置き、彼らの思いにそれを書きつけよう。
10:17 もはや彼らの罪と不法を思い出しはしない。』」
10:18 罪と不法の赦しがある以上、罪を贖うための供え物は、もはや必要ではありません。


旧約聖書の時代に主なる神様がイスラエルの民と交わした契約には、人間の側にも神の御旨に適う行いが求められていたし、逆に神の御心にふさわしくないことをしていれば、罰せられるものであった。
しかし、そのような契約だと、誰一人守ることも果たすこともできず、救われる人が一人もいなくなってしまう。
しかし、主なる神様は、御子イエス様を遣わし、その命の犠牲により、完全かつ永遠の罪の赦しを成し遂げて下さり、人間にはもはやその事実を信じるだけで良いという救いの約束を現わして下さった。
御子イエス様が私たちの身代わりに罰せられ、十字架で死んで下さったのである。
しかも、死を打ち破り、永遠に滅びることのない命を勝ち取り、信じる全てのものに同じ永遠の命を与えて下さるのだ。
何という幸い、これ以上ない恵みの救いの契約である。
イエス様が、完全かつ永遠の贖いを成し遂げて下さっているのだから、私たちはもはや、何ら罪の償いのために犠牲を支払う事は不要であるが、この御子イエス様の犠牲のゆえにもたらされている救いの約束を信じて受け取り、感謝して生きる、それが求められていることであろう。
主なる神の、一方的な憐れみによる、大きな恵みにより救われた者として、この素晴らしい神の契約に生きる者でありたいものである。