ミカ4章8~13節、イザヤ11章1~9節、ルカ7章31~35節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ミカ 4:8 羊の群れを見張る塔よ、娘シオンの砦よ かつてあった主権が、娘エルサレムの王権が お前のもとに再び返って来る。
4:9 今、なぜお前は泣き叫ぶのか。王はお前の中から絶たれ 参議たちも滅び去ったのか。お前は子を産む女のように 陣痛に取りつかれているのか。
4:10 娘シオンよ 子を産む女のように、もだえて押し出せ。今、お前は町を出て、野に宿らねばならない。だが、バビロンにたどりつけば そこで救われる。その地で、主がお前を敵の手から贖われる。
4:11 今、多くの国々の民がお前に敵対して集まり 「シオンを汚し、この目で眺めよう」と 言っている。
4:12 だが、彼らは主の思いを知らず その謀を悟らない。主が彼らを麦束のように 打ち場に集められたことを。
4:13 娘シオンよ、立って、脱穀せよ。わたしはお前の角を鉄とし お前のひづめを銅として 多くの国々を打ち砕かせる。お前は不正に得た彼らの富を、主に 蓄えた富を、全世界の主にささげる。

イザヤ 11:1 エッサイの株からひとつの芽が萌えいで その根からひとつの若枝が育ち
11:2 その上に主の霊がとどまる。知恵と識別の霊 思慮と勇気の霊 主を知り、畏れ敬う霊。
11:3 彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。目に見えるところによって裁きを行わず 耳にするところによって弁護することはない。
11:4 弱い人のために正当な裁きを行い この地の貧しい人を公平に弁護する。その口の鞭をもって地を打ち 唇の勢いをもって逆らう者を死に至らせる。
11:5 正義をその腰の帯とし 真実をその身に帯びる。
11:6 狼は小羊と共に宿り 豹は子山羊と共に伏す。子牛は若獅子と共に育ち 小さい子供がそれらを導く。
11:7 牛も熊も共に草をはみ その子らは共に伏し 獅子も牛もひとしく干し草を食らう。
11:8 乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ 幼子は蝮の巣に手を入れる。
11:9 わたしの聖なる山においては 何ものも害を加えず、滅ぼすこともない。水が海を覆っているように 大地は主を知る知識で満たされる。

ルカ 7:31 「では、今の時代の人たちは何にたとえたらよいか。彼らは何に似ているか。
7:32 広場に座って、互いに呼びかけ、こう言っている子供たちに似ている。『笛を吹いたのに、踊ってくれなかった。葬式の歌をうたったのに、泣いてくれなかった。』
7:33 洗礼者ヨハネが来て、パンも食べずぶどう酒も飲まずにいると、あなたがたは、『あれは悪霊に取りつかれている』と言い、
7:34 人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う。
7:35 しかし、知恵の正しさは、それに従うすべての人によって証明される。」



イスラエルの民は、かつて国を追われ、バビロンの国で捕囚の民として生きることを余儀なくされた。
人間的に見れば、敗北であり、屈辱であり、惨めな生き方をしなければならないように思えたことであろう。
しかし、これは神のご計画であり、たとえ人間の目には屈辱的なことであったとしても、バビロンへ逃れることで人々は日常の生活を営むことができたし、神の御心に従って行くことで、イスラエルの回復の時が約束されていたのである。
そして、これらの出来事を通して、異邦の民に対しては裁きがなされているというのである。
不思議なことである。
この世的には敗北に見えても、そこに勝利があり、この世的に勝利しているように見えても、そこにあるのは敗北である、そのようなことが神の御手の御業として行われている。
イエス様はこの世的にみれば、失敗した政治改革者のように見られていたかもしれない。
しかし、イエス様のなさった御業は、自らの命をもって成し遂げられた人類に対する救いの約束であり、これは勝利の業に他ならない。
そして、一見、この世で勝利しているように見える人たちのほうが、この世の成功と引き換えに、永遠の祝福を失っているのである。
真実を見誤ってはならない。
本当の勝利とは何か、本当の祝福とは何か、本当の幸いとは何なのか、御言葉に耳を傾けながら、真実を求めて生きたいものである。