五井先生のご両親のお話で、とても参考になります。私の父ももう移行しましたが、移行の数日前、見舞いに行った母から「いままで見たこともないすばらしい笑顔だったよ」と聞いて、とても安心した数日後、移行してゆきました。母はもともと信仰心の深い家系の人ですが、しっかり五井先生、守護の神霊、世界平和の祈りでさらに深い信仰になって、「いつ死んで思い残すことなし、最高に幸せ」といつも言っています。私が若いころに五井先生につながったので、母も命がけで私が祈りを続けているを見て、これは本物だとわかって、だんだん深く五井先生を信頼するようになっていったと思います。自分では知らないのですが「おまえ夜中に柏手をたたいていたよ」と母から言われたことがあります。とにかく寝ても覚めても祈り、統一に徹していた時期だったので、寝ている間に五井先生が身体の中に入って柏手をたたいてお浄めしてくださったのだと思います。私も母を世界平和の祈りで送ることになると思います。できれば宇宙子波動生命物理学が発表され、すばらしい世界ができる道筋が見えてから送りたい、と思っています。
「想いが世界を創っている」より
そこでこの人間にとって、一番の恩人は誰かというと、やっぱりお母さんですね。
生んでくれたということだけでもお母さんです。何故かというと、幽界でぐるぐる廻って、どうにもならない、いつまでたっても一つの渦からぬけ切れないことは、これは苦しみの連続です。その苦しみから救い出すのは誰かというと、こちらにあるお母さん、お父さんの魂と、守護の神霊が相談して「お前のところにやるから、よろしく頼む」というので、こちらに生まれ出てくるわけなんです。
お母さんの現実の心とお父さんの現実の心が知っていようと知るまいと、生まれてくるわけなんです。生まれてきて、肉体の世界で業を消してゆくわけなんです。
消してゆくことによって、幽界に入って苦しまなくてすむような状態が出てくるわけなのね。
幽界にいたのではどうにもならない場合があるんですよ。世界平和の祈りが生まれてくると、大分、様相が違ってくるんです。世界平和の祈りの大光明というのは、いかなるものも、幽界も何も全部浄めて救うからね。救世の大光明のようなものが出て来てしまうと、もう問題にならないんですけれどね。
今までの世界においては、肉体界に生まれてくるということは、業を浄めるための最大の方法なんです。それで肉体に生まれてくるということになる。だから生まれただけでも有り難いのですよ。
ところが生まれてこないほうがよかった、という人が随分いる。本当にバチ当たりだと思うんだ私は。だけれどその人は知らないんだから仕方がない。親が生んで何も世話をしないで、生みっぱなしでどこかへ行っちゃった人もあるでしょう。そういう人だって、母親は恩人なのです。そこで親孝行というものは恩を返す一番の方法はどういうことかというと、親をいい世界へ送ってあげるということです。
親は恩人
親にうまいものを食べさせたり、お金をあげたり、愛してやるというのも親孝行ですけれども、どうせ親のほうが先に逝くに決まっていますね。ふつうに言えばそうでしょう。幽界の地獄になんか送らないで、親をいい世界、霊界やあるいは神界に送ってやる、ということが、一番の親孝行なのです。それ以上の親孝行はありません。この世でご馳走して喜ばせる。それも親孝行ですよ、けれどもその何乗倍という程の親孝行は、親の魂を目覚めさせて、霊性を開発させてやって、いい世界にやること。これが一番の親孝行なんですよ。皆さん、親を亡くした人も、お婆さんを亡くした人もいろいろあるわけですが、皆、世界平和の祈りの中に入っていると、亡くなったお婆さんも天国に行くし、これから亡くなろうとしているお婆さん方も、やっぱり天国に行くようになってゆくわけです。それにはまず、子どもが信仰に入って、お婆さんお爺さんを浄めた人もあるでしょう。あべこべに親が入って、子どもたちを浄めている場合もある。子どもの側としては、まず自分が世界平和の祈りの中に入って、世界平和の祈りの中から、親をいい所に送ってやることが、一番の親孝行だと思うんです。
前にも話したことかありますけれど、私は父親と母親をもう天へ送っています。それで生みの父親、母親というのは、この世にいる時は当たり前の凡夫で、何も特別の仕事をしていないんですよ。特別に世の中のために尽くしたこともなければ、社会事業をやったわけでもない。ただ当たり前のお父さんお母さんです。この世になんの功績もないわけです。
なんの功績があったかというと、私を生んでくれたというのが功績なんです。お母さんだけでは生めないから、お母さんお父さん両方の功績なんです。母親のほうはつきっきりで、赤ん坊の時はおしめから何からしてくれたわけですね。昔のことを言われると、私困っちゃう。私に六十ぐらいの姉がいましてね、昔、私のことを昌ちゃんと言ったのね。
「昌ちゃんのおしめを取り替えてネよく……」なんて言われると「そうかな、そうすると有り難いんだな」と思って、お小遣いもやっちゃうんですよ(笑)赤ん坊の時から世話をしてくれたという者には、どうも頭があがらないですよね。どんなにこっちが偉くなったって、親だとか兄貴だとか姉だというのには、頭があがらないものですよね。小さい時のことを知っているし、さんざん世話をかけているから。
そう言われたらこっちは「ああそうか、有難う」ということになるでしょう。
そういうふうに世話をしてくれたわけですね。父親なんかも特別優れていないし、気の弱い人だったし、あまりこの世で働いてもいないし、そのままでいけば本当にあまりいいところに行かないんですね《向こうで笑っているけれどね(笑)》たいしたところに行きやしない。
それだから私は一番先に、この父親を自分の信者にしたんですね。無理矢理に「観音様を拝みなさい。あなたは本当は罪が深いんだから、拝まなければだめだ」と断乎として拝ませたんですよ。「私の言うことを聞かなければだめだ」と叱りつけて拝ましたのです。
そのうちちゃんと素直に拝んでいって、自然に業が払われていってきれいになり、どんどんいい魂になっていきました。それでちゃんと霊界に行きました。(注 昭和二十九年一月三日没) 母親のほうは大体いいことをしているし、強い人だし、気のはっきりした人だし、正しい人なんです。そして勇気のある人なものだから、そのままでも相当のところまで行くのです。しかし相当のところぐらい行っただけではしようがありませんから、母親にも私やっぱり文句を言ったんですよ。
「あなたはそういう心ではダメだ。そんなことではダメだ」なんてね。よく言った。「私が言ってんじゃない、お前さんの子どもが言うんじゃない、お前さんのお祖父さんが言うんだ」(笑)「これ聞けよ」とね。母親に子どもが言ったんじゃ効きめがないからサ、お祖父さんになりかわったりして、声色も使って、それで諌めたりなどした。だんだん立派になって、私の本などもよく読んで『神と人間』なんかも何回も読んだりした。「これはとてもいいご本だよ。神様のご本だよ。全くいいご本だよ」ってそんなことばかり言ってね。母親が亀有にいるから、月に一回ぐらい、お小遣いを持って遊びにゆくわけですよ。電話でゆくと知らせてありますから、遠くから来るのを待っているんです。
そして顔を見るとニコニコ笑いながら、「お前さんは私の子かね、私の子かねエ」これ随分話すけれどね(笑)つくづく眺めて言う。「お前さんは私の子かね、不思議な子が出来たものだ。私の子かね……」本当につくづく言っていた。亡くなる前にはわかったんですね。自分で生んだ子だけれど、自分で生んだ子でないような気がするんですね。「お前さんは私の子かねえ、不思議なんだねエ……」なんべんもそればっかり、会うたびに言ってましたよ。そのうち(昭三十三年九月十六日)に亡くなりましたけれど。
亡くなる時には、子どもたちの世話にならないで、厄介にならないで、スッと逝きたい。そればっかりなのね。「いっぺんにスッと逝きたい。それやっておくれ」と私頼まれていたの。
それじゃスッとやってやろう、と思って(笑)そしたら亀有の兄貴のところから、夜、電話がかかってきたんです。「今、倒れた」という電話。その時私はすぐダメだと思った。わかったもうだめだと。家内は「ちゃんと決まってから行きましょう」と言ったけれど「そんなことだめだ。すぐ行かないと間に合わないぞ」とサアーッと家を飛び出して行ったら、待っていたように、私に浄められて天に逝っちゃったでしょう。
柏手を打ったら、スクッと立ち上がって、ポンポンとやっているうちに立ち上がって、その時は白装束にスッとなっちゃうんです。面白いものですよ。浄まると白装束になるんです。白装束になってこっちを向いて、ニコニコって笑って立ち上がったのですよ。私だけにしか見えないんだけれどね。
そうすると今度、天のほうから祝詞が聞こえてきて、守護の神霊が大光明の大霊団がスーッと降りてきて、母親をスッと持ち上げてゆくわけですね。スーッと上ってゆくんです。その時は祝詞でしたね。家は浄土真宗なんだから、南無阿弥陀仏で昇ってゆくかと思ったら、祝詞で上っていったんです。神道というのは一番奥の教えですからね。高い教えというか、一番、元のままの教えなわけです。そしてそこに行かなきゃならないわけです。それで神道の祝詞でスーッと上っていった。私も心配だから、一緒に上って行った。ちゃんと送り届けて帰ってきたんですね。
そういうふうにちゃんと浄めてあると、とても立派なところに行くんです。だから皆さんだって、親御さんが亡くなったりする時には、世界平和の祈りで送ってあげれば、守護の神霊団が来て、ちゃんと持っていってくれるんですよ。そういうものなんですよ。それが一番の親孝行なんです。
世界人類が平和でありますように
May peace prevail on earth