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tablaboyの道日記

祈りによる世界平和運動、祈り研究をライフワークとし、音楽、散歩が趣味です。音楽に関する記事、スピリチュアリティーに関する記事、祈りに関する記事、随時アップしてゆきますので、楽しんでください(^^♪ 世界人類が平和でありますように

インドでは、臨終を迎える人を囲んで聖者の名前を唱える慣習があります。

その人が意識がなくても聖者の名前を唱えると必ず救いの光を来ることを長い経験から知っているのです。まさに五井先生もそのことをおっしゃっています。「かならず私を呼びなさい!五井先生と想いなさい!」と事あるごとにおっっしゃておられました。

これが宗教と修養の大きな違い、またスピリチュアリズムとの違いだと思います。

宗教の核心はその救済力なのです。宗教では理論よりも「信」「信頼」が大切です。

100年前の今日、五井先生という肉体がこの世に生まれてくださったことにより、神界への扉が開かれ、多くの人が救われてゆきました。私も五井先生を通してこの大宇宙、大生命、大自然の叡智、神の愛を信ずることができました。

また、いつ死んでも「五井先生!」とお呼びすればかならず導かれ、安住の地で働けるというこの安心感。 五井先生ありがとうございます。

 

 

「明るい心」より

 

いつでもあちら(霊界)へゆく時には引導渡します。危い、往きそうだ、と思ったら「先生!」と想いなさい。 

肉体の私に会わなくとも、神体の私が行って引導を渡します。私を本当に信じて下さった方は、必ず成仏するのです。成仏とは仏に成ること、仏に成るということは解脱するという意味です。成仏までいかなくとも、要するに安らかに往きます。往くべきところに往き、往生します。ところが大体、死ぬ時往生していないんです。往生というのは生れに往くんです。生れに往かないで、みんな本当に死んじゃうんです。どういうことかというと、自分の想いの中に巻きこまれたままなの。死にますと一度は眠ってしまうんです。

肉体から幽体が離脱します。霊魂を乗せて離れて行く。霊線というのがあって肉体と魂をつないでいる。それが切れちゃうと死ということになる。

想いが暗い人やみじめな想いの人は、そのままみじめな想いの中、暗い想いの中につつまれちゃって地獄へ行っちゃうんですよ。俗によい人だといわれている人が案外、悪い処へ往ってる場合もある。何故かというと、心が明るくないから。暗いということは神さまから遠いんです。神の子である人間が暗くあろう道理がない。神さまは明るい。明るい光なんだ。光の子だから暗いわけがない。暗いということは業なんです。だから暗いままで往くと暗い処へ往っちゃうんです。

ところがこちらから光を送りますと、亡くなった瞬間に光がバーッと入って、ちゃんと守護霊がつなげてくれるんです。そうすると守護霊がちゃんと案内してくれる。

日頃は暗い想いの人であっても、暗い想いがヒューッと払われて守護霊とつながって、そこで守護霊さんの行く霊界へちゃんといけるんです。

 

世界人類が平和でありますように

May peace prevail on earth

 

 

今の自分がどんな環境、立場にあってもその場所で誠実に祈りながら社会人としての務めを常識的に果たしてゆく・・・

そうすればそのままそれが菩薩業となっている・・・

世界平和の祈りはすばらしいのです。

 

今から25年も前ですが、ある霊能者に見てもらったことがあります。

私のことを全く知らない人です。

その人が私の胸に手を当て

「あなた世界のこと考えてる?」

「はい、ずっと世界平和の祈りをやっていますよ」

「あなたハートの中で、水晶で世界を洗っているわよ」

といわれたことがあります。

 

本当に本当に、世界人類が平和でありますように、と祈れば救世の大光明は輝いているのです。

 

 

「素直な心」より

                                           

  祈りより他に方法はない。祈りとは何かというと、人間の命を神さまのもとにお返えしすることです。神さまと合体させることです。神さまと一つになる、天地一体となる、神我一体となる、そういうことが祈りなんです。そういう祈りなくして他のことをどんなにやってもダメです。祈りの他になんにもない。祈りから始まって祈りに終るんです。祈りながら仕事をする。祈りながら政治をする、祈りながら事業をする、そうすると本当の世界がこの地上界に出来てくる。

 

 

世界人類が平和でありますように

May peace prevail on earth

 

祈りで自分の想いをいったん神様の世界にあずけて、あらためて守護の神霊からいただきなおす、という習慣をつけることが大事だと思います。なかなか癖というものはなくならないのですが、祈る、反省する、消えてゆくと思うという癖をつけると習慣が変わってゆきます。

 

 

「いいときに生まれた」より

 

肉体の人間はくせの固まりのようなものですけれども、それをなくすために祈りがあるのです。祈りを何でもなさそうにやっていますけれども、これは科学的なやり方なんです。神様のみ心と自分が一つになった想いが出てくるのですからね。

 たとえば、愛さなきゃならないんだ、ならないんだ、と思っても世間体があったりしてなれない。

それが祈っていますと、素直に出来るのです。やろうと思ったらスーッと何気なくやれる。わざわざ力んでやるんじゃなくて、損も得もなくやれるようになるんです。神のみ心を何気なくやれるようになるんです。それには祈りを通さなければなれないのです。祈りでもって神様のみ心の中に入ってしまうことなのです。

 

 

世界人類が平和でありますように

May peace prevail on earth

肉体の人間というのは、とても狭い範囲しかわからないし、自分を守ろうとする本能にがんじがらめで、本当に何もできない、何もわからない、という感じがします。

しかしその無力さ自覚して生活している人が非常にすくなくように思います。

ところが五井先生の言動を研究してゆくと、まったく自由であり、権威があり、カリスマがあり、展望があり、愛があり、すべてにおいて人間をはるかに超えています。

神にすべてを任せるとこういう生き方ができるという最高の見本だと思います。

 

 

「私に荷物をあずけなさい」より

 

その教えを頭でわかるのじゃなくて、体で日常生活に実行していかないことには、宗教者というわけにはいかないんです。ところがそういわれても出来やしない。出来ないということがわからないとだめなんですよ。肉体の人間には何事も出来ないんだ、自分の病気さえ治せないんだ、自分の性質さえも直せないんだ、ましてや自分の運命なんか変えることは出来ないんだ、肉体の人間には何の力もない、ということがわからなければ、本当のことはわからない。

 肉体の人間を働かしている力は、生命の本源いわゆる神です。神のみ心が働かない限りは自分には何も出来ない。それで神のみ心と一番ぴったりするためにはどうしたらよいか、というと、神のみ心の中に入りこんでしまう、神さまの大御心の中に入りこんでしまうこと以外にはないわけです。

神さまがあって肉体の人間がある。神と人間が分れている以上は、人間というものは完全になりませんし、汝の敵を愛するどころじゃない。味方でさえも裏切ってしまうというようなことになる。

 

 

世界人類が平和でありますように

May peace prevail on earth

信がいちばん大事で、霊性開発の要なんですが、過去世からの癖で、「神さまは愛で、絶対に人間を不幸にすることはない」と、なかなか信じれないのが人間というものなので、とにかく世界平和の祈りを回数多く唱える習慣をつけることをお勧めします。そのうちに内から教えられてきます。それが私の体験です。

そうすると「五井先生の言っていることは本当に真実のことだったんだ!」ということがわかってきます。

 

 

「自分も光る人類も光る」より

 

神様は絶対なる愛なんです。これを信じなきやダメです。私なんかこうなる間に、随分神様の愛を知ってきました。ことごとに神様(守護神)の愛をよく知り素晴らしいなアと思っています。守護神は危うくなれば助けてくれる。溺れそうになれば引き上げてくれる。まいりそうになったら絶対に助けてくれる。神様に全託して不幸になることは、絶対にないことを、私は自分で確信しています。

 また私のところへ来ている人たちも、皆そうです。だから第一番になさねばならぬことは、神様は愛なんだ、神様は絶対に人間を不幸にすることはない、と断固として思うことです。神様は絶対に人間を不幸にすることはないんだ。だから神様にすべてをあずけて、世界平和の祈りをしていればいいんだ。自分の運命は神様が知っていらっしゃるんだから、神様に協力して、世界人類の平和を願おう。そういう気持ちになると、その人はダーンと高くなってしまう。

 

世界人類が平和でありますように

May peace prevail on earth

 

「祈れば神様のほうで邪魔な想いを消してくださるんだ」という信念が大切です。

何気なく祈るよりも、深い信を持って祈る方がより効果があると思います。

 

 

「神様にまかせきる」より

 

ああじゃない、こうじゃないという想いを持ったまま、そのまま神様の中へ入ってしまうより他にない。神様の中にダーッと入ってゆく。

それが世界平和の祈りなんですよ。 “私たちの天命が完うされますように”という祈りとは、想いがそのまま神様の中に入ってゆくのです。そうすると、神様のほうから、邪魔になる想いを消してくれ、その光がそのままサーッとすごいスピードで入ってくるのです。神様本来のスピードというのは、時間がないですから、無限の速さなのです。無限の速さの光が入ってくれば、たちまちすべてが成就するわけです。

 本当に神様に全託して「神様、わが天命を完うせしめ給え」という時には、その人の天命はもうすでに出来上がっている時なんです。本当は、一度深く思えば、天命は完うされているわけなのです。

 だから一度、世界平和の祈りをすれば、本当はすでにその人の天命が完うされていて、神様のみ心に叶う生き方が出来ているわけなので、そのまま進めばいいんですよ。世界平和の祈りの想いのままで進めばいい。神様に全託した想いのままで、進めばいいんです。

 

世界人類が平和でありますように

May peace prevail on earth

「自分も光る人類も光る」より

 

 

私か紅卍字会に関心を持ったのは、七、八年前なんです。紅卍字の道名を持った方が、私のところに五、六人見えて、ある運動を少し始めたことがあったのです。

 それを忘れておりましたら、突然、心霊研究家の小田秀人先生がお見えになった。小田先生はおわかりなかったけれど、松下松蔵といって、熊本県長洲にいらっしゃって、人々から長洲の神様と慕われていた、とても素晴らしい立派な品格を待った方がいらっしゃったのですが、その方は昭和二十二年頃に亡くなられた。その方が小田先生を連れて見えたんです。

 小田先生にお目にかかって、すぐ紅卍字の話が出ました。それで私か紅卍字会に関心を持っている、ということが始まりで、そのあくる日、呉清源先生がお見えになったんです。その時は紅卍字の神様が連れていらっしゃった。ということは、人間が一人歩いている時には、肉体が歩いているんではなくて、そのうしろに守護霊守護神が一緒について歩いているわけです。たくさんの守護霊がついていらっしゃる方もあれば、二、三人の守護霊がついていらっしゃる方もある。というように肉体だけが歩いているのではなく、守護霊がついて歩いているんです。肉体は霊魂を運ぶ車なんです。肉体というものは車であり、場所であり、器であって、肉体に人間の主体があるわけではないんです。

 

 

このことを人間一人一人が日常生活の中でしっかり自覚し、守護の神霊に感謝しつづけていれば、カルマは速やかに消滅し、すぐに世界は平和になるのではないかと思います。

 

世界人類が平和でありますように

May peace prevail on earth

「私に荷物をあずけなさい」より

 

世界平和の祈りは神界に鳴りひびいている

 誰がなんと言おうと、世界平和の祈りの素晴らしさは変わりないのです。世界平和の祈りをしたということは、未来永劫、あなた方の魂が素晴らしく輝くことなのです。だからどんなお婆さんでもいいんだ、何もしないでもいいんだ! 何もしなくちゃいけないけれども、お婆さんは何も出来ないでしょう。余計なことをしないで、と言われちゃう。だから世界平和の祈りだけしていればいい。お嫁にゆく前の娘さんだって、世界平和の祈りだけしていればいい。

 この世界平和の祈り以外に、この世界を救う方法はないのです。祈っていますと、平和のひびきがソビエトにもとんでいきます。アメリカヘもとんでいきます。イラクにもイランにもみんなとんでいきます。光の流れなのだからね。

 宇宙は一点でもあり、広がりでもある。無限でもあり点でもある。だから一人の人が世界平和の祈りそのものになれば、その人は宇宙なのです。宇宙なのだからその人は宇宙に鳴りわたっているわけよ。世界人類が平和でありますように、という時、宇宙に鳴りわたっているのです。

 皆さんが世界平和の祈りをやっていることは、地震も止めるでしょう。火事も少なくするでしょう。水害も少なくするでしょう。だんだん世界を平和にします。世界平和というのは、戦争を防止することだけではありません。天変地変も防止することです。世界人類が平和になるのに、悪いことがあってはならない。業の現われを最少限度にして、業が現われない前に、幽界でみんな浄めちゃうわけです。

世界平和の祈りというのは、肉体界に鳴りひびき、幽界に鳴りひびき、霊界に鳴りひびき、神界に鳴りひびいているのです。

言いかえるなら、神界から世界平和の祈りが降りてくるんです。

それにちょっと波長を合わせればいいんです。世界平和の祈りというのは、神界で鳴りひびいているのです。神さまの世界で鳴りひびいているのだから、こっちが余計な邪魔をしない、で、世界平和を思いさえすれば、そうすれば向こう(天)から流れて入ってくるのですよ

 

 

世界人類が平和でありますように

May peace prevail on earth

最近、よく五井先生の講話集を読み返しているのですが、以前胸に響かなかったことがズシンと魂に深く響いてきます。覚者の言葉、聖者のことばというものは、こちらがどれだけ受け取れるかにかかっているように思います。何

気なく聞いたり、読んだりしているのですが、その言葉に人生を完全に変えることができる深い内容が蔵されているのです。

もし本当にわかって実行できていれば、間違いなく神界の住者です。

 

 

「責めてはいけません」より

 

 自分がいかにいい職にあろうと、いい地位にあろうと、家庭が円満であろうと、やっぱりいいとをつづけなければならない。いいことの最大なものは何かというと、神様に感謝することです。神様有難うございます。

 世界人類が平和でありますように

 日本が平和でありますように

 私達の天命が完うされますように

 守護霊さん守護神さん

 神様有難うございます

 という想いでいつもいれば、それはそのまま光を放っているんだから、そのまま徳を積んでいることになっているんです。いい地位ならいい地位のままで、家庭が円満なら円満のままで、そのままでズーとゆくわけです。

 

世界人類が平和でありますように

May peace prevail on earth

 

 


 

今年は五井先生ご降誕100年になります。

 

戦争一色に向かう時代に青年だった五井先生、また徴兵もされ、丙種合格で戦場に行くことなく終戦を迎えた五井先生、常に国のために命を捧げるあつい心を持っておられた五井先生、その五井先生を独身時代からずっと身近にいて、最大の理解者として支えてこられた五井先生の奥様(美登里奥様)の五井先生に対する感想です。

 

五井先生がいかに純粋で、素直で、真理を行うことに対して命がけであったかよくわかります。

五井先生を客観的に見てきた奥様だけが語りえる真実の言葉で、五井先生の人柄がよくわかるお話です。

 

奥様は、本当に母性溢れる優しさ、柔和さの化身みたいな人で、五井先生の祈りによる世界平和運動というお仕事を支えるために、神様から遣わされた天使だと思います。

 

昭和51年11月五井先生お誕生祝賀会でのお話