このお話は以前アップロードしてありますが、連載の流れで今回再度アップしておきます。
セックスというと、だれもが経験して、自分は知っていると思っていますが、いやいや、これはとても奥深い内容を持っていると思います。
生命現象ですから、いくらでも深い次元が、この中に隠されているのです。
呼吸と同じほど深いものだと思います。
呼吸の奥には『神』が在ると、ラマナ・マハリシが云っていましたが、『セックス(陰陽合体)』の奥には、確かに神がいると思います。
しかし、現代では宗教と政治があまりにもタブー視して、また非難、批判、反発、抑圧、倒錯して、もうその純粋性を体験する土壌が失われてしまっているのです。
一度、あかちゃんの状態に、人間のマインドをリセットしなければならないのですが、今の地球の文明の中では、それができません。
これは、もうすこし先の時代の課題になるでしょう。
セックスレス
夫婦間の軋轢を引き起す原因に、セックスが絡んでいる問題がけっこう多いのですが、セックスは多分にタブー視されているため、身内にも親しい夫にも、自分の恥部を曝け出すような恥かしさがあって、容易に相談もできず、悶々と胸の奥に悩みを抱えている夫も多くいると思います。
その問題も様々で、浮気は勿論のことですが、例えば、夫の強引で異状な性欲に耐えきれず、セックスが恐怖となって悩んでいる女性や、逆に奥さんの性潔癖症に、欲求不満をつのらせている男性。また、暴力的に犯されたそのショックがトラウマとなって、結婚できずにいる女性。近年問題となっているセックスレスの問題などなどがあります。
現代の社会は物質文明の進化と共に、夫間関係においても仕事においても複雑になり、ストレスやプレッシャーが多く、若い夫のなかにもセックスレスが多くなってきている、と聞いております。男性が女性化してきていることも感じられます。独身でいる場合はそれでもよいでしょうが、結婚となると問題です。
ある女性が結婚の相談に来ました。彼女はたいへん美しく、年の割にはまだ幼さが残っていて、可愛いお嬢さんでした。
結婚相手の男性は、年令もだいぶ上で一見、男性っぽく、頼り甲斐のありそうな印象でしたが、何故か私はその男性との結婚を反対しました。が、親御さんは、別に反対する理由も無いということで、彼女を結婚させたのです。
結婚が決まった以上、私も彼女の幸せを祈り祝福しました。彼女も明るく幸せそうに見えました。が、これから三年位して、彼女が私のところに来て、実は夫との間に、未だにセックスが無いのです、と告白をしました。事情を聞いてみますと、彼も自分のそうした状態を、負い目に感じているのでしょう、彼女のことをとても大事にし、可愛がっているようですし、彼女も性格がおっとりとしたところがあって、セックスレスにそれほど悩んでいる様子でもありません。
両親に告げると心配をかけるから、絶対内緒にしてほしい、ということでしたので、彼のことは仕事のストレスなどで、一時のことであろうからと慰めて、帰しました。
しかし、セックスの欲求の強い相手であったら、悩みも深刻となり、離婚ということにもなるでしょう。
また、あるカップルが新婚旅行に、憬れのフランスヘと祝福されて旅立ちました。帰ってくるなり女性は黙って実家に帰ってしまい、いくら親が説得しても、口もきかず、お婿さんに会おうともしません。結局離婚ということになってしまったのですが、その原因は、彼女のほうの性潔癖症にあったのです。
彼女の幼児期に、何かの性的なショックとなる体験があったのでしょう。それが彼女のなかに精神的外症となって、男性に触られるだけで拒絶反応を起してしまうのです。彼女は結婚生活をどのように考えていたのでしょう。母親がそうした娘の状態も気づかず、結婚に対する予備知識も与えずに、結婚させてしまったことは、ほんとに理解に苦しむところです。こうして、セックスに関する問題は、表に出せないだけに、深刻な問題なのです。
セックス性について
本来セックスは、男(陽)、女(陰)の合体によって、大間が全体性に目覚め、完全性に向って次元上昇していくための、大切な行為なのです。
セックスは、高い周波数へと肉体を繋ぐ絆となるもので、男女が共に夫婦生活のなかで、お互いの性を通して吸収し合い、学び合って、その愛の結実として子供を生み、自らの愛を成長させていくための、大切な行為なのです。
また個人においても、生れ変りの繰り返しのなかで、男性となり女性となり両性を学び、自己のなかに男性北と女性性を融合させて、完成された人間へと、自己々高めていくようになっているのです。
男性、女性というセクシュアリティーは、神から与えられた素晴しい贈り物なのです。従って、性エネルギーは純粋なエネルギーなのです。そのエネルギーをどう使うかは、自己の責任なのです。性エネルギーの流れは、高めていけば、大いなる生命の本流に遡り、合流することもでき、低く流せば、暴力的に人間性を蹂躙することにも使うことができるのです。こうしてセックスは、本来神から与えられた神性なものなのに、何故これほどまでにタブー視され、淫靡なものとされてきてしまったのでしょう。
性欲は、人間の持つ欲望のなかでも最も強いものですから、それを押さえこもうとしても、逆に翻弄されて押し流されかねません。宗教者は自分達を聖なる者とするために、セックスはすべきではないと思い、修行として精神的に最高のレベルに達するためには、性的な欲望を超越しなければならないとして、性に関する独善的なルールを作ったのです。
そうした禁欲的な生き方をすることはよいのですが、それを社会的なルールとして一般民衆まで、神の名において強制したことによって、セックスは多くの社会的な制約を課せられ、過去数千年間、公にはできず、密室での秘め事として、タブー視されてきたのです。
こうした規制を設けてきたのも、人間がセックスを通して自らの霊性を高め、神性に目覚めていくことを恐れ、それを阻止し、コントロールしやすくするためのものだったのです。それは権力者が宗教を利用し、セックスを罪悪として、人間の自由を奪ってきたからです。
中欧の暗黒時代、神の名において人間は隷属され、性道徳によって束縛され、違反すれば地獄に堕ちると威されてきました。そのため人間は素直に愛を表現し、愛し合うことにもどれほど罪の意識を感じ、本来神聖であるべきセックスさえ、淫靡なものに堕落させ、自我欲望を満足させる行為となり、性を商品化させてきてしまったのです。
といって、今現在、道徳や倫理といった枠を外してしまったら、人間は無軌道になり、誤った自由から何をやりだすかわからない、という人もいます。人間の意識がまだまだ低いから、それもごもっともなことです。しかし、それは人間自身を、自分をふくめて信じていないからです。どんなに規制しても犯す人は犯すのです。
人間は神の分霊として、どのような人の内にも神性が秘められているのです。人間は宇宙の法則に則って生かされているのです。ですから、何か真実で、何か偽りであるかを知る能力は、性来的に備わっているものなのです。そこで、人間の本質は善なるものであることを信じ、それを正しい方向に導いていけば、性エネルギーは人間にとって偉大な味方となり、霊性を高めるために使えば、人間をより美しく、感受性豊かな人になることもできるのです。真の聖者としての威厳と美しさは、性エネルギーを断ち切ったからではなく、昇華させたからです。
今この世界は三次元の物質波動の時代から、精神波動の世界へと次元上昇しつつあるのです。そのための波動調整から、大浄化の変革期に入っているのです。従って人間の意識も目覚めてきて、全体性へと意識が広がっていくのです。今、新しい精神的な革命がはじまったのです。自分自身の性に目覚めるときがきたのです。自分にとって、男であり、女であるということはどういうことなのか、自分の役割を正しく果たせるようになれば、道徳も倫理も必要なくなるでしょう。
セックスが密室から解放され、本来の機能に目覚めていけば、人間の霊性は著しく高められ、個としての愛から普遍的な愛へと大きくひろがっていくでしょう。
人間は様々な人間関係のなかで愛を学び、自己を成長させていくのです。私たちが愛をどのように探求していくかが大事なことなのです。
そのための男性性と女性性の統合なのです。