結婚ほど、人間を磨き成長させるものはないのではないか、と思うほど、結婚という機会は、当人たちを成長させていると思います。
結婚の真の意味は、『いかに自分本位でなくなるかを学ぶ』ということにあると思います。
そういうレッスンには、結婚ほどうってつけの場はないと思います。
私は結婚の経験がないのですが、自分の周囲、親戚、両親などを見て、『これは自我のぶつかり合い、人間洗濯劇場だ』、と思うのです。
これからのお話の中で、永安先生は、結婚のあり方、プラスになる結婚、マイナスになる結婚等々・・様々な角度から解説してくださっています
第二章 魂からみた結婚
結婚
結婚とは何でしょう。今まで他人であった男女が一つ屋根の下に暮らし、家庭を築いてゆくのです。余程深いご縁があってのことと思います。
昔は政略結婚とか、家同志の結婚で、結婚当時者の意志を度外視して結婚させる、ということが、当然のように行われていた時代もありました。が、現在は、個人主義の時代で、親の都合で勝手に結婚させられるようなことは、なくなっていると思います。それだけにまた、自己主張も強くなり、自分が納得しなければ結婚もしない、ということで相手を選ぶため、なかなか結婚することも難かしくなってきています。
結婚の相手を選ぶ場合、先ず写真の交換をします。
相手を知る手段としては必要なことですが、写真を見て、その人の性格や人柄を見抜ける人は、余程に人間関係の体験を積んでいる人です。大方の人々は、相手が自分の好みに合っているが、なんとなくよさそうだ、ぐらいの感じで、会うことを決めたり、断ったりしています。
結婚のお相手として紹介された人の性格、魂の大きさ、将来性といった、その人の人となりがわからないから、判断材料として家柄、学歴、職業、またはお仲人を通して紹介された人柄によって選ぶのが普通です。
それに、易の五行による相性も、信ずる人には大事な判断の要素になります。
若い人達は、そうした仕来りや外形的なものは無視して、好きになったから結婚するのです。つまり恋愛結婚を望む人が多いのですが、それがまた、第一章の恋愛のなかでお話してきましたように、因縁生によるものが多く、結果として、必ずしも善い家庭が持てるともいえないのです。
家柄が良いからといっても、肝腎の本人の魂か幼く、自立できていない男性と、もし一緒になったとしたら、なまじ家柄が立派であればあるほど、その家の家風とか仕来りに縛られて、それこそ自己犠牲を強いられる生き方となるでしょう。しかも、夫となる人が頼り無ければ、幸せな結婚とはいえません。
また、名門校を出たからといって、その人に将来性がなければ、この世の中で成功を納める人にはなれません。家柄、学歴、職業は一応の判断の目安であって、大事なのはあくまでも、本人の人柄、魂の大きさ、将来性ということになります。魂の大きさは、ただ大きければ良いというのではなく、結婚の場合は、特に相手との魂の釣り合いが大事、ということです。
将来はお見合い写真はオーラ写真で
そのうちに、お見合いの写真は、オーラ写真の交換、ということになるかもしれません。
オーラ写真とは、その人の感情想念体から発するエネルギーが、それぞれの色彩となって、その人の身体から発しているのを写したものです。性格、愛憎のありかた、精神性といったものか、それぞれの色となって表われるのですから、美しく装い、行いすまして撮った写真と違い、隠しようがありません。
それに加えて、現代、遺伝子の研究が進んできましたから、一つの細胞、または{滴の血でも、その人の性格や、病気の有無など、かなりなところまでわかります。ですから、オーラ写真と共にそうした検査表のようなものを、お互いに交換して結婚の相手を決める、ということにもなりかねません。だがそうなると、結婚するための条件が、ますます難かしくなってしまうかもしれません。それも困ったものです。
ご縁というものは、前生だけのものではないのですから、何生前のものか現われてくるかわからないのです。その人か心境を高めてゆけば、高くなった次元での善いご縁かでてくるのですから、結婚を早くしなければ、と焦ることもないのです。それよりも、自らの意識を高めてゆくことです。ご自分の心境を高めてゆけば、いつか自分の半身像としてのソウルメイトを、直観的に選べるようになるかもしれません。お互いがそれぞれに個性を磨き、最高に生かし合いながら、この世界に貢献できる仕事をし、愛情豊かに子供たちを育て、個性をのばしてゆけるような、理想的な家庭のありかたが実現できる日は、必ず来ると信じています。
今は、三次元世界から四次元、或いは五次元へと次元上昇してゆくための、波動調整による大浄化の時期にあるため、因縁生の浄化ということが起ってきているのです。
現われた悪い現象にとまどい、囚われないようにすることです。
この世における理想の夫婦像
何もかもぴったりしていて、何の不満もなく、夫婦円満で一生を終る。そんな夫婦の在り方は、まことに少ないと思います。
喧嘩一つせず、平穏無事に、しかも豊かに一生を過ごす。
そういった在り方を、多く人々は望んでいるかもしれませんか、それは、望んでなれるものではなく、その人の善い因縁生の徳分によるのです。
ご自分の因縁生を浄化できている人ならば、そうした恵まれた家庭のなかにあって、なおお互いに自己の人間性を高めるべく努力をし、この世のなかに貢献してゆける仕事や、団体活動を通して行動してゆける人は立派な人だと思います。だが大方の人々は、そうした状態に置かれたら、自己を高めてゆくための努力はおろそかになり、安穏に日々を過ごして、進歩することかなくなってしまいましょう。
現在この次元におけるよい夫婦とは、喧嘩する時には大いにするのです。それは自我を主張しての喧嘩ではなく、お互いに自立しているから、自分の意見を持っていて、意見が違う場合には、激しくぶつけ合い、喧嘩の形に見えても、話し合って納得すれば、相手の意見も尊重し、お互いの成長の糧にできる夫婦です。
自分の意見が通らないからといって喧嘩をし、いつまでも根に持って口もきがない、という人は自己中心的で、まだ魂の幼い人です。
善い夫婦はお互いに自由性を認め合い、苦しい時には力を合わせて乗り越えてゆく力になる、そんな夫婦であったら、年を重ねるに従い、素晴しい家庭を築いてゆくことができるでしょう。
1+1=4
この三次元の世界で、完全な人など誰もいません。高い次元から使命を自覚しておりてきた人は別です。ましてや、この物質波動の世界において未熟な者同志が一緒になり、共に生活するのです。お互いに自己中心的で自分勝手な行動をしたら、人間性に不足や欠け
ているところがあるのですから、それがぶつかり合い、欠いているところで相手を傷つけ合う、ということになってしまいます。
お互いに思い遣り、労り合って、相手を受け入れ、相手の生き方に合わせるようにしたら、お互いの不足や欠けているところを補い合えて、それなりに調和された形となるでしょう。 結婚生活というものは1十1=2、これは当りまえで、お互いに助け合って補い合い、一人が二人分の力や働きができれば1十1=4になるのです。
結婚したことによって、その人に人間的な幅も豊がさも備わり、一回りも二回りも大きくなったと言われる人はそういう人です。
ところがその逆の場合は、お互いに自己中心的で、相手を自己の中に取り込もうとするのです。つまり、相手を自分の意のままに従わせようとするため、お互いに力を奪い合う形になり、1十1=0、或いは1十1=マイナス2、または4といったことになりかねません。結婚したことによって因縁生が引き出され、いろいろな問題が起ってきて、それらにエネルギーを使い果たし、生活が乱れたり、荒れたり、仕事に対する気力もなくしたり、といった人がそういう人です。
善い夫婦となるにはそれなりの努力が必要です。お互いに不完全な者同志、欠けているところがぶつかり合い、角が取れて丸くなっていくには、それなりの年月を必要とするのです。
お互いに相手のありかたを認め、思い遣りをもって補い合うことを、生活の基盤にして生きてゆけば、その人の生き方は自分たちぱかりでなく、多くの人々にも影響を与えられる人となるでしょう。