祈りと感謝がそのまま自己の霊性を開発し、同時に人類の霊性開発に大いに貢献していることが分かります。
感謝できることはありがたいことです。
そのありがたいと感じることがまたありがたく、またこの地球のために働けるという自覚がありがたく、どんどんありがたさが募るのでした。
「霊性の開発」より
“霊性の開発というと、宗教の道を少しでも知っておられる人々は、すぐにも坐禅観法や滝修業や 断食行等の修業を思われるでしようが、そうした修業は霊性開発の一つの道ではありますが、すでに今日の修業方法ではないということを知らねばなりません。今日の修業方法は、さきにもすでに述べておりますように、法然、親驚の二大聖者によって、開かれている道であり、イエス・キリストの教えにも開かれている道でなければなりません。
難しい修行方法は、特定の人以外には到底やり遂げるわけにはゆかないからです。神様、仏様は、人間自身の中で、常に働きつづけていて下さるのだ、ということの真実にわかつた人は、すでに霊性を開発した人なのでありますが、それをもう一歩進めて、神様仏様の世界は、完全円満な、光明燦然とした世界であって、悪や不幸や病のような不調和な世界ではない、今自分の環境に現われている不調和な状態は、過去世から現在に至るまでの神仏から離れていた自分の想念行為の誤りの消えてゆく姿なのである。
何んという有難いことであろう、有難うございます、有難うございます、というように全感謝の想念に自分の想いをむけかえてゆけ得るようになれば、その人はもう完全に霊性(本心)を開発している神の子人間となっているわけであります。そしてそうした人の動きは、その人の周囲の人々を知らず知らずのうちに光明化し、自然に多くの人々の霊性開発に役立つ行為が出来得る人となっているのであります。
そうした人に日常生活そのままで、なんの修業もなんの気ばりもいらずになり得る方法が、世界平和の祈りであるのです。
世界の人類の平和は、神の姿の現われであり、神の理念の現われであるのですから、世界人類の平和を祈る想いは、そのまま自己の霊性開発の道であります。そして、自己の霊性開発のこの祈りは、またそのまま人類社会の為の祈りでもあるところに、この祈りが現代の祈りとしての大きた価値をもつのであります。”
世界人類が平和でありますように
May peace prevail on earth