ありがとうおじさんのことばより
“「ありがとうございます」は自分が唱えるんじゃなしに、神様が受けなおしていると観ると、神様がズーーと唱え続けてくださっているでしょう。それを受けるだけだったらもっと楽ですよね。神様がいつも替わりに唱えてくださっているという感じね。唱えているというよりも、神様の働きが「ありがとうございます」という響きに降りて来るんですよね。いつも神様に生かされているという事を「ありがとうございます」というね。神様が中からいろいろ働いて、何か良い事を出して下さるというのも「ありがとうございます」の働きなんですね。
だからもう全て神様の働きが今ここに現実に現れているというふうにね。それを受けていっている自分が「ありがとうございます」を唱えていっている事なの。だから「ありがとうございます」を心で唱えたり、口に出して言う事よりも、現実に生かされている事が「ありがとうございます」なの。良い事をさしてもらう、なにさせてもらうのも、「ありがとうございます」の働きの結果なのね。だから大きく捕らえられたらいつも祈り続けているというような感じでね。それを確認するという意味で「ありがとうございます」も必要なのね 。年に一回大きく確認すれば、それで一回で良いかもしれないね。それぐらいもっともっと楽に、大きく受けられたら良いね。 ”
もうなんにもいうことありません。
これがいいたかったのよね。
頂きなおすこと・・もうこれ以上なにもないですもんね