<JIS X0161は既存ソフトウェアがあることを前提としている>
たびと JIS X0161「ソフトウェア保守」は,国際規格ISO/IEC/IEEE 14764を日本語にしたものです。私がこの規格を押すのは,(利用者のソフトウェア部門も含む)ソフトウェア産業やソフトウェア技術者の在り方,その可能性について,幅広いタイプの既存ソフトウェアの視点でとらえているのです。
下辺 そうおっしゃられても..。正直私にはイメージが全然湧きません。
たびと この規格は,ソフトウェアの仕事は,規格が定義する「ソフトウェア開発」と呼ぶ個々に終わりのあるような仕事だけでなく,「ソフトウェア保守」という比較的連続的で,全体として終わりが明確でない仕事があることを明確に示しているのです。
下辺 確かに私たちが今やっているソフトウェアの仕事は,「開発」と外向けには言っていますが,次から次と修正案件があり,終わりのない仕事のように感じます。
たびと 「既存ソフトウェアへの終わりがない修正作業がある」として,明確にその存在を認め,その作業に対する適正な受託取引,研究,教育,人事評価がなられるなら,私は呼び名が「保守」でなければいけないという気持ちはありません。
下辺 でも,「ソフトウェア開発」の研究といった瞬間に,何十年も前に初期開発し,今も動いている既存ソフトウェアの存在や延命を完全に無視するようなことをしている。
たびと JIS X0161は,その意味で,今のソフトウェア現場と本当にマッチしている規格だと私は強く思います。
下辺 なぜ,JIS X0161が注目されたり,採用されたりしないのでしょうか?
<JIS X0161は第三者保守を前提としている>
たびと それは,あるべき仕組みや体制を研究する研究者,検討する経営変革者がソフトウェア現場を知らないからです。たとえ知っていても,その現場のソフトウェア保守の苦労を悪だと見るからです。
下辺 だから,できたらすごいけど,できっこないような施策が現場を無視した形で上から下りてくるのですね。
たびと さらにJIS X0161は,第三者保守を前提としていることも今のソフトウェア現場とマッチしています。
下辺 現場にマッチ? 本当ですか? 我々現場の技術者もソフトウェア保守は開発者がやった方が確実で効率的だと信じていますよ。
たびと でも,実際は開発者はいなくなって,下辺さんのように元の開発者じゃない人が保守しているじゃないですか。だから苦労しているのですよね。
下辺 そうですね。開発者が保守するのがベストでも,実際には別の人間が保守せざるを得ないことのほうが多いと感じるのはわかります。
たびと そして,下辺さんは広い意味の開発者とされ,元の開発者と同じようにすべて知っているものとして,保守の生産性や品質を求められる。これはたまらんでしょ?
下辺 第三者保守のケースが多ければ,それを前提とした作業プロセスがあるべきだし,それを前提にした規格がJIS X0161ということなんですね。
<JIS X0161は現場の保守者を中心に考えている>
たびと 少しずつ,わかっていただけているようですね。JIS X0161はソフトウェア保守現場を今も担当したり,直接見ている私のような立場から見ても,現場が受け入れられる規格だと思います。
下辺 その導入や評価がされない原因は,研究者や経営改革者がソフトウェア現場を知らないし,今の現場をぶっ潰すことしか考えていないからとたびとさんはおっしゃるのですね。
たびと 私の考え方は実は少し違います。「研究者よ,経営改革者よ,もっと現場を見てJIS X0161を即座に導入せよ!」と言ってみんなが従うなら何の苦労もありません。
下辺 ということは,永遠に我々は現場の分からない人たちの無理難題を聞き続けなければならないことになります。いまさらJIS X0161の話を聞いても何の慰めにもならないということでよね。
たびと その考えは全然違いますよ。言って聞かないようにしている大きな原因の一つには現場の人たちにもあるのです。
下辺 現場にも?
たびと 現場がソフトウェア保守を嫌がっていることも大きな原因を作っているのです。現場が「こんな保守なんかやってられるかい!」と言えば,保守作業そのものを無くす方向にしか行かないでしょ。
下辺 確かに。
たびと 現場が保守作業の価値や意義を正当に理解し,自分たちはやりがいを持って保守作業をしているが,こういう環境,手順,そして専門組織があり,自分たちが保守の専任になれば,もっと品質も生産性も良くなると主張していけばよいのです。
下辺 大変だ大変だと言っているのみで,現場技術者自らが勉強し,ソフトウェア保守について真正面から取り組み,改善提案をしていく気持ちがないといけないということですね。
たびと 本流の開発作業でないから嫌だ,他人の尻拭いだから嫌だ,元のソフトウェアがちゃんとできていないから嫌だ,古いつぶしの利かないソフトウェアだから嫌だ,保守を掛け持ちさせられているから嫌だ,保守という言葉自体が嫌だという考えを,担当者すべてが捨てれば,きっと保守の現場は良い方向に変わるはずです。
下辺 わかりました。長年刷り込まれてきた「ソフトウェア保守を悪者にする」考えを捨てることは簡単ではないと思いますが,仲間で少し話し合ってみたいと思います。
たびと ありがとうございます。本日は長い時間一方的に話をしてしまい,申し訳ありませんでした。
下辺 いえいえ。楽しかったし,少し元気が出て,気持ちが軽くなったような気がします。状況に変化があったら,お声掛けしますので,相談にのってください。ありがとうございました。
(15話<最終話>おわり)