<仕事を請けていた元の親会社社員が部下になった>
短善 結局,顧客対応の評価を得るよりも,社内対応で評価されるほうが面倒で大変だったということですね。
たびと まったくその通りです。合併後しばらくして,出身元会社と無関係に組織シャッフルが行われました。技術系部門の私が担当した組織のメンバに入った出身がS社以外の人たちもたくさんいました。合併前に仕事を2次外注として発注してもらい,何度も「出来が悪い」と怒鳴られた人が,私の部下になったのです。
短善 知っていますよ,あの人ですね。何度か「人生での一番の屈辱は,弱小子会社のS社社員の部下になったことだ」と言っているという噂を聞きました(笑)。
たびと 彼は私よりだいぶ年下ですが,考えは的を射ているし,よくここまで細かいところに気が付くなと感心するほど超優秀な人物のひとりでした。まあ,彼以上に私自身が本当に驚きましたよ。
短善 でも,それまでとは攻守逆転で徹底的に締め上げたのでしょう?(笑)
たびと そんなことをするわけがないでしょ(笑)。彼の担当部分はすべて私は全幅の信頼で任せました。上司としてやったのは,部から指示を自分のマネージメントの考え方で消化・整理し,重要なことを彼や他のリーダに伝えていただけです。組織目標の議論も部の指示にどうこたえるかという共通の目線で議論をするようにしました。
短善 簡単におっしゃってますが,余程自信がないとできないでしょ?
たびと 自信なんか全然なかったですよ。集まった全員がこんな合併なんて初めての経験で,大変に感じたのは同じだと思っただけです。レールに乗ってきたと思った人に比べたら,私なんか失うものが何も無かった分,気が楽だっただけかもしれません。
<役職が上がるほど担当に教えを乞うようにした>
短善 それにしても,それから,部長,事業部幹部と役職が高くなると管理作業が多くなり大変でしょう?
たびと 意外と大変じゃなかったですね。S社のころに比べて,良い意味でも悪い意味でも,すべてがシステムマティックでした。さすが親会社の歴史の長さがきっちり反映されていました。S社のように役員個人の考えで経営情報を評価の低い管理者には隠すようなことはせず,D社は役職に応じて正確に情報をどんどん開示してくれましたから。
短善 膨大な情報量でしょう?
たびと 最初,A3両面に細かくて複雑な表が100枚近くも来た時には,どこをどう見れば分からなかったですね。ただ,その表を作成している人に「凄いですね,この表メンテするのは大変でしょ?」とニコニコしながら苦労を労ってあげたら,「メンテが極力大変にならないようこうやって工夫して効率的に対応しているのさ」と聞いてもいないことを含め,読み方のポイントを親切に教えてくれました。
短善 経営指標がわからない状況で飛び込んで,聞く場所が山ほどあったでは?
たびと 私は経済学部出で,経営の仕組みや目指すものについてもかなりまじめに勉強しましたから,収益の考え方の基本は知っていました。聞きなれない用語を中心に,資料作成担当者にへりくだって聞きました。そしたら,「そうそう,これって一般会計用語じゃなくって,親会社独特の用語なんだよ」と,他の幹部も知らない経緯や一般用語との関係など丁寧に意味を教えてくれました。
短善 何だ,本当に見方だけを聞けるレベルだったのですね。S社がよっぽど人を見る目が無かったのか,たびとさんが優秀さが分からなかったのですね。
たびと 短善さん。私の今の勤め先はD社とは全く関係ないところにいますから,今更誉めても何も出ませんよ(笑)。そういった経営資料を作っている人たちはまじめで,担当分野についてはしっかりした知識を持っていました。偉そうに質問する他の幹部が多い中,プライドを傷つけないように準備して接すれば,すぐ仲良くなり,新米幹部ということでいろいろ協力もしてくれました。
短善 でも,そこに至るまでには,そのほかにいろいろご苦労もあったのではないですか。
<たびとがした動機づけ>
たびと 確かに,結構大変なメンバーがいて,その対応に苦労しましたね。その一つとして,私が部を見ていたとき,部門には2つの大きな事業ミッションがあり,一つは比較的順調だったのですが,もう一つはひどい状態でした。私が見る前は「ダメ事業」とさんざん責められてきたためか,担当社員の低モチベーションに大きな課題があったのです。
短善 それも立て直したと聞きていますが。
たびと やったことは,そのメンバーひとりひとりと話すとき,決して目標未達の連帯責任論や個人を悪者にすることはしませんでした。事業の孤立だけはしないようにしたいので,協力してほしいといっただけです。
短善 それだけですか? 今まで,それまでの部長がいろいろ対策を打ってきてもダメだったのにですよ?
たびと そうですね。事業が順調でない理由を個人や内部だけの問題に私がしなかったため,結果として良かったのは,担当社員の中で「○○が悪い」と内部で指摘だけして,何もしない社員が居心地が悪くなったのか早々に他部門へ異動していったのです。
短善 指摘だけする社員の存在価値を暗に否定したのですね。その結果,汗をかく社員だけが残った?
たびと ただ,残った真面目な社員も,今まで自分たちの努力が足らないからダメだとの強迫観念を持たされ続けてきたのです。私は,「そろそろ他人のふんどしで相撲をとろうか?」といったのです。
短善 他人の「ふんどし」といったって,そう簡単に有効なものが見つかったのですか?
たびと 実は見つかってしまったのです。もう一つの順調な事業の「ふんどし」ですね。
短善 順調な事業とは,事業として直接な関係は少ないように見えました。共倒れの危険はなかったですか?
(4話につづく)