懐かしい坪尻 | 旅一郎のブログ

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国鉄(日本国有鉄道)が、最後の全盛期を迎えた昭和47年ー53年までをテーマにした、汽車旅のブログです。

旧型客車亡き後、日本の鉄道旅行は本当につまらなくなりました。そのため海外ネタも載せています。

当時の雰囲気を伝えるものは鉄道にかかわらずアップします


琴平から乗った土讃線列車は1000型単行。ボックスも全て埋まっていたので地元客らしき所に座りました。

讃岐財田12:12 特急を先行させるため5分停車。

遅れているのか、特急通過後すぐ発車した。

トンネルをいくつか潜り讃岐から阿波の国へ。

スイッチバックが現れた。坪尻だ。

勾配区間に駅を設けると発車できなくなるため、駅を平面部分に持ってきたもの。

運転士は後ろの運転台に座り列車をバックさせる。客車時代はそのままはバックしていた。

もちろん車掌と無線連絡とりながら。




ホームに付けます

特急通過待ち。少し遅れているようで多くの人がホームに出て撮影していました。

この角度も駅舎の雰囲気がわかっていい。

吉野川を渡り徳島線乗り換え駅、佃へ。

列車は4分程遅れていたので接続が心配でしたがホームに止まっている徳島線列車を見てホッとしました。5人くらい乗り換えた。

吉野川側は埋まっていたのでしばらく様子見。

後部展望で旧客を偲ぶ。

途中どこか忘れたけど川側ボックスが取れました。

そういえば「池田高校」のカバンを持った高校生が多く乗っていたので県境までだろうと重い分水嶺を確認すると、徳島まで吉野川だと気づきました。

そもそも「阿波」池田だから徳島県だった。