ムーンライトながらで東京へ | 旅一郎のブログ

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国鉄(日本国有鉄道)が、最後の全盛期を迎えた昭和47年ー53年までをテーマにした、汽車旅のブログです。

旧型客車亡き後、日本の鉄道旅行は本当につまらなくなりました。そのため海外ネタも載せています。

当時の雰囲気を伝えるものは鉄道にかかわらずアップします

豊橋で3分停車。運転士交代。
深夜にもかかわらず若いファンが熱心に撮影しています。
昔の自分を見るようだ、
最後の夜行列車という文化を楽しんで欲しいと共に、語り継いでほしい。

もはや日本では、「夜行」というと「夜行バス」、「夜行列車」と言っても豪華クルーズトレインしか想像できなくなっています。
それでも、快速「ムーンライトながら」は現代も走る。少なくない客を載せて。
リリースされた指定席はすぐ売れる。
空席はリリースされなかった切符だから、満席になる需要は本当にある。

浜松駅。
眠れない人が飲み物を求め、ホームに出ます。
かつて大垣夜行340・345Mの頃の静岡駅で眠れない人が駅弁を買っていた時を思い出した。

夜行列車の客の性向は30年経っても変わらない。

変わったのは経済的合理性から駅弁販売をやめてしまった弁当屋か、出店料が上がったのか。

何にしても選択肢狭まった事について進化したとは言えない。
沼津。いつ見てもいい駅。
イメージの中の「東海道本線」
横浜到着のアナウンスで目覚めました。
結局リリースされてないペア席がいくつかあり、そっちに移って横になりました。
新橋通過。東海道本線最後の駅。
久しぶりに生の「鉄道唱歌」が聞けました。
旅感ある。
到着前の慌ただしい様子。
5:05 東京。
駅アナウンスの「トウキョー」
と伸ばすのを期待していましたが、普通のアナウンスでした。

一晩過ごした列車。名残惜しい。
ファンが記念撮影をしています。
30年後、自慢話に使えるといいね。
全国の駅弁を販売する「駅弁屋祭」
前回年末に行った時、新津駅弁はやってなかった。もはや現地の駅弁はいずれも観光列車が運転するときのみの販売にシフトしているようだ。
この縁側寿司を買いたかったので、ここで買います。
駅弁も東京から持っていく時代。
むしろ地方では駅弁の存在すら忘れられているのではないか?
ゆっくり買い物していると時間かカツカツになってきました。
上野に移動し、5:43の高崎線で大宮まで。
ムーンライトながらの現行ダイヤでは高崎線始発に乗れないため、大宮から高崎まで新幹線でショートカットせざるを得ない。
これは絶対わざとだろうな。
前の方のボックスは占有できました。
浦和までやけど。