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cultureにしますか

忙しい世の中でありますね。
たまにはティータイムといきましょう。
せっかくのこのひと時ですから
そんな気軽な個人的文化満喫日記は7年目突入です

夜行列車に乗り込む

4ベッドは1階に母子

現地のおじさん

2階の隣には少しやんちゃそうな40代くらいの男性

英語も通じない車内で夜を明かす訳だ

夜中目を覚ますと、すっかり携帯のeSIMは電波を平らにしている

恐怖

やっぱりこんな中途半端な旅力で山の中に見切りで来てしまったんだと絶望感に襲われる

地図にも出ていない山間部の村なのだ

村に着いても取り残される可能性もある

暗い列車内と暗い車窓の外の世界は一体で

暗い・・暗い

あれ?

寝てしまったんだ

辺りは朝を迎えて校舎のグランドを埋める

真砂土が積まれたような世界が光を帯びている

携帯のアンテナは息を吹き返している

ボイスンで降りるのは母子と自分のようだ

起きられなくてぐずる3~4歳の男の子に抹茶ミルクキャンディーをあげると

大泣きし始める

まだ緑の茶葉は早かったようだ

味わいなれないしね

 

やたらと長い列車の連結を見送り、駅に行ってみる

駅前には何にもなく

本当に何にもなく

タクシーだけが数台待っていて

乗れと言う

待ってお腹が・・・

トイレに行くと紙もないし、水も流れない

粗相もしてしまうしで

旅の恥はかき捨てるしかない

ごめんなさい

駅の人たち!

こころで謝りタクシーに乗る

乗り合いの社内には人が乗ってんのかい、と突っ込みたくなる

ひとりひとり民家で降ろし

やたらと話しかけてくるおじさんが

うちに泊まれと民泊を勧めてくる

この人はダルバン村に行くんだ

運ちゃんが説明してくれる

それでも泊まりたくなったら電話をして来いと電話を教えられる

車はボイスンの繁華エリアに差し掛かりまあまあ恐れるほどの状況ではなかったことを知る

でも、この何にもない町で泊まるなんてバックパッカーのような

時間は残されていない

市場の雑踏を横目に車を出してもらう

 

9時間の夜行

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブハラ駅

と言うけど簡単には着かず

タクシーの運ちゃんにふっかけられてぎりぎりの到着

タクシーアプリが入らないのが難点な道中

(メールアドレスを入れ間違えてて、さらに、電話回線でパスワードが届かないということ

インストールは日本でしておきましょう)

最新の高速列車で無駄にビジネスクラスみたいなのしか取れなかったので

優雅な?2時間

2度目のサマルカンドで

夜行寝台列車を待つ

両替がマジで時間かかって、欧米人のお母さんは

ちょっとマジ困るわねー

なんて言うてる気配

現地の人も並ばないことに

日本人的にむきになってみると

そこは

ごめんね、いいのよ

先にして、みたいに言われるというなんとも素朴なのである

レギスタント広場は地元の人や観光客でいっぱい

土曜日の夜

居酒屋レストラン風のカジュアル店で

ローカル飯を一気に行きたい

ビールなんか頼んだりしてね

可動式の焼き釜(車輪がついている)

から取り出したのはサモサ

羊肉や野菜の具材がジューってしてる

皮はパイ生地みたいにポロサクなのだ

 

インドにはサムサっていうスナックがあるけど

繋がりあったりして

食文化とは面白なのである

うまし!

ネパールのモモのそっくりのマンティ

これもおいしくて

お代わり2個してしまった

シャシリクという串焼きを羊肉で

店のお兄さんも良くしてくれた

レギスタント広場に戻り夕方の風を受けながら

モスク跡の遺跡を眺める

観てるだけでも心地よい

そこにプロジェクションマッピングのショーがはじまる

ウズベキスタンの歴史やらが遺跡に映し出される

地元の人が歓喜声で盛り上がっている

さあ、良い時間だ駅へ移動だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

路地の隙間には切りとられた青空

 

 

路地を歩く友は

現地で買ったTシャツとアディダスの白シューズ

ご当地Tシャツは旅の必須アイテムなのだ

静かな通りで木々が植えられていている
けれども暑い

 

目的地の前に見つけた小さいカフェ&フード

レストランと書いてある

ここで頼んだのはラグマン

サマルカンドの市場の兄ちゃんが勧めてくれた

ウズベキスタン定番のソウルフードをはじめていただくことにする

トマトベースのスープに野菜や羊肉がたっぷり入っている

見た目よりあっさりしていて美味い!

リゾート風な小気味よい風合いの店内は
店員のお姉さんも優しい

 

 

着きました

目的地の歴史あるモスク

でも。。まさか

モスクのおじさんが言うには

今は入れないんだ

じゃあいつだよってことだけど

英語も通じないしWi-Fiも不安定で翻訳もできない

観光客の女子二人組も

何時って言ってた?

と聞いてくる始末

 

ミナレットだけがやけにきれいだ

 

おいしいラグマンだけが収穫で

あっという間にブハラの観光は終わりで

歩いててくてくと宿に帰る

 

 

おじいさんもうお別れなんだよ

明日もおじいさんの朝ごはん食べたかった

日本語で私は話し

おじいさんはロシア語で何か話しかけている

それでいいんだ

愛ネコがぬいぐるみみたいに見送ってくれている

ブハラのまちを散策するのだ

宿から昨日見た池?を横目に住宅が並ぶ

地域をじわじわと

抜けていく

なんとか近づいて見えてきたのは

カラーン・ミナレット

カラーンは大きいという意味らしい

いやはや美しい

ずっと見ていられる

色がとれたのか元からなかったのか

素焼きに模様を彫り込んだような

塔に見とれる時間はない

アルク城は、大きいけれど本当に城壁だけを残した

城跡。

チェックアウトは11時

歩けば20分はかかる道を

観光カートに相談するが

やっぱり割高

歩くか

荷物を出してこなかったことを悔やみつつ

宿の方向進む

学校を横目にまっすぐすすむ

素焼きレンガのような色味の観光地が

無機質に建っている

十字に建つ遺跡のような建造物に土産物屋が並んでいる

ここを抜けると路地に差し掛かる。

迷路を抜けるといきなり宿が見える

絡んだ糸がほどけるように嬉しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

列車の同部屋のお姉さんがくれた缶ジュース

 

路地は茶かけていい感じなのだ

ブハラの夜

愛想はいいけど

それまでという中年のホテルの人にあしらわれて

夜の散歩に出かける

ホテル

ホテルと言っても

小さくて小奇麗なウズベクぽくない

(二晩目で分かったようなことを言うけど)

モダンさのあるミニホテルを出ると

コンクリートの路地を歩いてすぐのところに

観光地がある。

池だか水路だかを囲う

欧米人の喜びそうな

西洋料理テラス席の並ぶ界隈がある

小腹は空いたけど

ローカル食堂なんてものはない

ホテルに帰ったら残ったパンやら甘いものがあるから

それでいいかと思う

 

朝が来る

ブハラの朝も

もれなく眩しい

ミニホテルは2階建てで

5部屋くらいしかない。

レセプションの続きは家族が住む家で

その対側が客室になっているようだ。

サマルカンドの宿と同じく

建物にぐるりと囲まれた中庭にテーブルが並べられて

朝食が用意されるようだ

席に座ると

スパシーバとロシア語で

挨拶をしてくるおじいさん

おばあさんは金歯を見せながら

微笑むだけだけど

チャイか?と聞いてくる

おじいさんのほうが

ナイフはいるか?

お茶はもういいのか?

と気にしてなにかとくれる

おばあさんが運んでくれた

焼きたての卵が気持ちも温めてくれる

おいしい

言葉がわかるとかではない

そんなときが旅にはある

イタリア人の

もう年齢がわからないような

ラテンお兄さんと同席になる

お兄さんはバカンスに

砂漠のキャンプをして17だか19時間時間かけてブハラに来た

見かけよりパワフルなお兄さんだ。

疲れたよと言う

旅人的会話をしてお兄さんは早々と行ってしまう。

日本人だぞと宿の人が

同席を促して座る

静岡から来た1か月をかけて主要の観光地を周る女性

とても親切な人で、いつまでも完了しない

鉄道アプリの予約を心配してくれる。

旅の人は優しい

朝はいい

朝ごはん文化のサマルカンドはいい

朝の宿の老夫婦が旅の至福になる

そういうものだ

 

 

 

 

 

路地はコンクリートで埋められちょっと風情がない

 

朝のテーブルはお茶と果物で満たされる

 

路地に向かった中庭

左側はお家ゾーン

 

 

 

猫もロシア語を話しそうな顔

 

 

 

焼きたての卵焼き