cultureにしますか

cultureにしますか

忙しい世の中でありますね。
たまにはティータイムといきましょう。
せっかくのこのひと時ですから
そんな気軽な個人的文化満喫日記は7年目突入です

夜のホテルと

朝のホテルは

当たり前なのだけれどいつも違う

何もかもが輝いて見える

それが旅の朝

朝食までに周囲を散歩をすると

大きな車道だけ貫く街並み

プロフをつくる大きな釜

大きな釜ってのをはるかに超えて

給食室のそれのようだ

ホテルまでの小道は

民家から見たことのない草花が見える

ホテルの朝食は地下にあって、

けれど中庭に緩く坂になっていて明るさは保っている

あったかいものは卵焼き

チャイはインスタント

イギリス人の男性客と少し語らう

日本に観光に来たことがあるらしい

穏やかな人だ

 

スーパーで土産を買い、壊れたお腹で

ちょくちょくトイレを借りながら

観光に出るが、似たような街並み

人は全く違う

サマルカンド

ブハラ

ダルバン村

穏やかで人との垣根のない

今まで会ったウズベキスタンの人たちとは違う国の人たちのようだ

冷めていて、それは人のことみたいな様子だ

食堂は行けない

お腹が緩いのだ

どうかと思ったけど

最後の晩餐は

ジョージア料理にする

ワインとシュクメルリ

ニンニクが効いてて思ったより大味

食べてもなくならない

トイレの為にお茶を飲みにレストランへ

紅茶はガスであっため続けられてる

ほんのり甘くておいしい

 

最後に宿で呼んでもらったタクシー運転者君だけは違った

親切で、はにかむように笑って

話しをした

通じない英語とウズベク語で

いつものウズベキスタンになった

ありがとう

ウズベキスタンの皆さん

穏やかであどけない国のままでいてください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もらったザクロをお世話になったホテルのロビーに置いていく。

ロビーと言っても自由で居心地のいい場所だったなあ

 

 

見慣れた広場への道は夕暮れ

サマルカンドともお別れ

 

絵に描いたような広場は憩いの場所

ずっといられる

 

ワッフルの残りで

最後の列車移動

ペアの女性たちが席を代わってくれというので

ラッキー

ひとり席で快適になった

粒粒の入った謎のゼリー状飲料

 

どうしても食べたくなって買った駅弁

と言っても鶏肉とジャガイモの煮物

パンをテーブルのそのまま置かれるのが異国だなあ

あり得ない!けど

いいよ

 

22時半、列車は

タシケントに着く

何とか宿に間に合うように

地下鉄に乗る

 

アルミのように見える水色のかわいい車両

 

 

 

 

こんな歴史ある地下鉄のホームはアートなのだ

何とかたどり着いたホテルは暗くて店もないような感じのところだ。

水が心もとないけど眠るしかない。

レギスタン広場からほど近い静かな通りにあるホテルはある。

宿の説明をしてくれた少年に散髪屋を教えてもらう

あの角を曲がって、という

的確な説明に従って歩くと程なく着いた

結構待っていて、

大柄な店主が

あんたはこの次だと

5人ほど後だと言われる

じゃあ後で来るね

といったん宿に帰る。

おそらく、初日に泊まったホテルの方が新しくて

吹き抜け中庭は明るくてよく洗濯物が乾くはずだ

門もいつも開いていているから

洗濯物を持って2階に干す

乾くだろう確信と一緒に

散髪屋に戻ると、ちょうど頃よく順番が回ってきた

後ろをまあるく刈り上げる独特の襟足に

ああされるんだと覚悟をする

これが世界の散髪シリーズなのだ

 

大柄なお兄さん店主は

どうこう聞かないで切り始める

バリカンも使うが慎重でバッサリと行かない

そこまで短髪の文化がないのかもしれない、考えてみると

恒例の記念撮影にも快く応じてくれて、

過剰にどうこう言わないこういった散髪屋もたまにはあるなと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湿った部屋は2台のベッド

 

 

二人の制服を着た小学生女子

妹?の方が

これ空けてと開かない

ペットボトルのキャップを差し出す

日本ならあり得ない

日本の子どもにとって知らないおじさんは危険人物扱いだから

しかも外国人のおじさんなのだ

屈託がない子どもたちは屈託のない社会に生きているということだ

 

 

 

 

 

 

 

 

シャフリサーブスの駅から

無駄に高い列車に乗り込み(列車アプリでうまく安いのが買えなくてあきらめたやつ)

そのビジネスという車両は僧侶みたいなおじいさんと自分のふたりだけをのせて

快適に進む。

トイレもきれいで最高である。

途中の駅で団体が入ってくるけど、もうすぐサマルカンドに着く。

初日に泊まった宿に着くと、

奥さんがおもてなししてくれる

ケーキやらフルーツやら

口がスイーツじゃなかったので

日本人のおにいさんにあげる。

どうやらもう一つのホテルが空いているらしいが、

しきりに同じだからと言ってくる。

そうなのか、小上りに座って紅茶を飲む。

しばらく待っているとここの子どもなのか

離れのホテルを案内してくれると言う。

やせた小学3年生くらいの男の子は歩いて1分ほどのホテルに入っていく

入口近くのホテルには旅人の写真がいっぱい貼ってあり

さながらゲストハウスである

(そもそもホテルとは言うけど、簡素で家庭的なのだ)

アングラ雰囲気のじめっとした雰囲気は、初日のホテルとは違って、洗濯物が乾きそうではない。

そもそも初日ホテルのような吹き抜けな作りではないのだ。

部屋の鍵の開け方は2回まわす、フロントはこっちなどてきぱきと説明をするしっかりした

男の子は少年の大人びた振る舞いはたくましささえ感じる。

麻痺しているが日本ではあまり見ないことだ。

じめっとした部屋を出て、夜にご飯を食べに行く。

適当な食堂はなくて、まあいいかと入った店は

これまたじめっとした雰囲気で客が一組しかいない。

若い若者の店員はそれでも親切に対応してくれる。

スープのマンティーやプロフを食べる。

ごちそうさま

 

目覚めると、そこは穴倉のようなホテルの穴倉のような部屋だ。

隣は家族経営の家族たちが共同で暮らしているようで

お風呂場の穴が繋がっている。

気にしても仕方がない。

異国とはそういうことだ。

朝食に行ってみる。

中国人のグループのお母さんだけが少し社交的で挨拶を交わす。

日本人のおじさんと同席になり、話し込む。

朝食は前のホテルよりあったかいパンケーキみたいなものが出てきたり

おいしい。

関東から来た世界各地を旅するその人は、

親切にタシケントのホテルの情報

を教えてくれたりする興味深い雰囲気の人だ。

 

ウズベキスタンの駅は国有だからか

いつも同じ看板なのだ

 

 

 

 

おくさんのおもてなし

ロビーはたまり場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食はいつもどこでもこの国では食べきれないのだ

 

記念に撮ってもらう

 

 

シャフリサーブスの史跡公園の入り口でチケットブースのお姉さんに駅までの

タクシー代を聞いておく

これが大事

アクサライ宮殿が見えてきたところで昨夜のサマルカンド駅で買ったスイーツを食べて

腹ごしらえ

そうしていると

土産物屋のおばさまたちが

スザニを買ってと言っている

奥さんに買ってあげたら(結構これは土産物屋がよく言う)

と言われたので奥さんはいないんだよ

大体ここでターンは終るのだけれど、

さらに絡んでくる

55だよ(正確には54だけど)

えー?嘘だと言ってきかないおばさまたち

そりゃあ日本人は若くは見られるし、おそらくこの国の人に比べたら10歳若くみえるだろうけど

それにしても収まらないおばさま方に

免許証を見せる羽目に

私同級生よ!

あの娘と結婚したら

と大騒ぎである

さて観光

公園内の巨大な遺跡の少し先にジュース屋のテントがある

ザクロジュースを買って少年に写真を頼んだらうまく撮ってくれる

観光カートには乗らず、熱い日差しの中

遺跡を巡るのだ

トイレのお金をしれっと取られたりしつつ、ご飯屋も見つからず

一周するとそれなりの時間になる

おばさま方にも別れを告げて

タクシーを探す・・・いないよ???

大きな通りでタクシーを止めようとすると

1台のワゴン車が停まってくれる

ヒジャブをしっかりした女学生(本当にそんな感じなのだ)

もドライバーのおじさんも優しくて、安心する

どうも乗り合いらしい。

意味が分からないけど女学生がお金を払うのが当然だが

お金を受け取って降りていく

どういう仕組みだかわかるはずもなく

おじさんとふたりになる

おじさんは本当にフレンドリーで、互いに通じない言葉で

会話をしていると駅に着いてしまう。

いいんだ友だちだから

とお金を受け取ろうとしない。

少しだけでもと渡してがっちり握手

力が強い

乗りあいワゴン

ありがとう、ワゴンは手を振って小さくなる。

駅の周りは何にもなくて、

駅にも店はない、駅員さんが教えてくれた小さな商店で

包装されてないクリームサンドパンと水を買う。

シャフリサーブスの駅にはきれいな特急列車がそろそろ出ようかとしている。

 

おばさまたちと記念撮影

55歳

 

 

 

 

 

 

その袋を取ってくれという修復のお兄ちゃん

 

 

 

 

ワゴンのおじさん

いい人だった