cultureにしますか

cultureにしますか

忙しい世の中でありますね。
たまにはティータイムといきましょう。
せっかくのこのひと時ですから
そんな気軽な個人的文化満喫日記は7年目突入です

レギスタン広場からほど近い静かな通りにあるホテルはある。

宿の説明をしてくれた少年に散髪屋を教えてもらう

あの角を曲がって、という

的確な説明に従って歩くと程なく着いた

結構待っていて、

大柄な店主が

あんたはこの次だと

5人ほど後だと言われる

じゃあ後で来るね

といったん宿に帰る。

おそらく、初日に泊まったホテルの方が新しくて

吹き抜け中庭は明るくてよく洗濯物が乾くはずだ

門もいつも開いていているから

洗濯物を持って2階に干す

乾くだろう確信と一緒に

散髪屋に戻ると、ちょうど頃よく順番が回ってきた

後ろをまあるく刈り上げる独特の襟足に

ああされるんだと覚悟をする

これが世界の散髪シリーズなのだ

 

大柄なお兄さん店主は

どうこう聞かないで切り始める

バリカンも使うが慎重でバッサリと行かない

そこまで短髪の文化がないのかもしれない、考えてみると

恒例の記念撮影にも快く応じてくれて、

過剰にどうこう言わないこういった散髪屋もたまにはあるなと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湿った部屋は2台のベッド

 

 

二人の制服を着た小学生女子

妹?の方が

これ空けてと開かない

ペットボトルのキャップを差し出す

日本ならあり得ない

日本の子どもにとって知らないおじさんは危険人物扱いだから

しかも外国人のおじさんなのだ

屈託がない子どもたちは屈託のない社会に生きているということだ

 

 

 

 

 

 

 

 

シャフリサーブスの駅から

無駄に高い列車に乗り込み(列車アプリでうまく安いのが買えなくてあきらめたやつ)

そのビジネスという車両は僧侶みたいなおじいさんと自分のふたりだけをのせて

快適に進む。

トイレもきれいで最高である。

途中の駅で団体が入ってくるけど、もうすぐサマルカンドに着く。

初日に泊まった宿に着くと、

奥さんがおもてなししてくれる

ケーキやらフルーツやら

口がスイーツじゃなかったので

日本人のおにいさんにあげる。

どうやらもう一つのホテルが空いているらしいが、

しきりに同じだからと言ってくる。

そうなのか、小上りに座って紅茶を飲む。

しばらく待っているとここの子どもなのか

離れのホテルを案内してくれると言う。

やせた小学3年生くらいの男の子は歩いて1分ほどのホテルに入っていく

入口近くのホテルには旅人の写真がいっぱい貼ってあり

さながらゲストハウスである

(そもそもホテルとは言うけど、簡素で家庭的なのだ)

アングラ雰囲気のじめっとした雰囲気は、初日のホテルとは違って、洗濯物が乾きそうではない。

そもそも初日ホテルのような吹き抜けな作りではないのだ。

部屋の鍵の開け方は2回まわす、フロントはこっちなどてきぱきと説明をするしっかりした

男の子は少年の大人びた振る舞いはたくましささえ感じる。

麻痺しているが日本ではあまり見ないことだ。

じめっとした部屋を出て、夜にご飯を食べに行く。

適当な食堂はなくて、まあいいかと入った店は

これまたじめっとした雰囲気で客が一組しかいない。

若い若者の店員はそれでも親切に対応してくれる。

スープのマンティーやプロフを食べる。

ごちそうさま

 

目覚めると、そこは穴倉のようなホテルの穴倉のような部屋だ。

隣は家族経営の家族たちが共同で暮らしているようで

お風呂場の穴が繋がっている。

気にしても仕方がない。

異国とはそういうことだ。

朝食に行ってみる。

中国人のグループのお母さんだけが少し社交的で挨拶を交わす。

日本人のおじさんと同席になり、話し込む。

朝食は前のホテルよりあったかいパンケーキみたいなものが出てきたり

おいしい。

関東から来た世界各地を旅するその人は、

親切にタシケントのホテルの情報

を教えてくれたりする興味深い雰囲気の人だ。

 

ウズベキスタンの駅は国有だからか

いつも同じ看板なのだ

 

 

 

 

おくさんのおもてなし

ロビーはたまり場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食はいつもどこでもこの国では食べきれないのだ

 

記念に撮ってもらう

 

 

シャフリサーブスの史跡公園の入り口でチケットブースのお姉さんに駅までの

タクシー代を聞いておく

これが大事

アクサライ宮殿が見えてきたところで昨夜のサマルカンド駅で買ったスイーツを食べて

腹ごしらえ

そうしていると

土産物屋のおばさまたちが

スザニを買ってと言っている

奥さんに買ってあげたら(結構これは土産物屋がよく言う)

と言われたので奥さんはいないんだよ

大体ここでターンは終るのだけれど、

さらに絡んでくる

55だよ(正確には54だけど)

えー?嘘だと言ってきかないおばさまたち

そりゃあ日本人は若くは見られるし、おそらくこの国の人に比べたら10歳若くみえるだろうけど

それにしても収まらないおばさま方に

免許証を見せる羽目に

私同級生よ!

あの娘と結婚したら

と大騒ぎである

さて観光

公園内の巨大な遺跡の少し先にジュース屋のテントがある

ザクロジュースを買って少年に写真を頼んだらうまく撮ってくれる

観光カートには乗らず、熱い日差しの中

遺跡を巡るのだ

トイレのお金をしれっと取られたりしつつ、ご飯屋も見つからず

一周するとそれなりの時間になる

おばさま方にも別れを告げて

タクシーを探す・・・いないよ???

大きな通りでタクシーを止めようとすると

1台のワゴン車が停まってくれる

ヒジャブをしっかりした女学生(本当にそんな感じなのだ)

もドライバーのおじさんも優しくて、安心する

どうも乗り合いらしい。

意味が分からないけど女学生がお金を払うのが当然だが

お金を受け取って降りていく

どういう仕組みだかわかるはずもなく

おじさんとふたりになる

おじさんは本当にフレンドリーで、互いに通じない言葉で

会話をしていると駅に着いてしまう。

いいんだ友だちだから

とお金を受け取ろうとしない。

少しだけでもと渡してがっちり握手

力が強い

乗りあいワゴン

ありがとう、ワゴンは手を振って小さくなる。

駅の周りは何にもなくて、

駅にも店はない、駅員さんが教えてくれた小さな商店で

包装されてないクリームサンドパンと水を買う。

シャフリサーブスの駅にはきれいな特急列車がそろそろ出ようかとしている。

 

おばさまたちと記念撮影

55歳

 

 

 

 

 

 

その袋を取ってくれという修復のお兄ちゃん

 

 

 

 

ワゴンのおじさん

いい人だった

チャイハネを後にして

気になっていたモスクに寄ってもらう

緑の帽子を被ったようなモスクは

村の信仰が感じられる祈りの場所

地元感のある、日本で言えば氏神様みたいなモスクや教会を観るのが結構好きだ

日曜日だからか人は誰もいないけれど、鍵は開いている

中に入ってみると、光の入る窓が並ぶ廊下を一本のじゅうたんが

礼拝堂に続いている

どうもこの廊下でもお祈りはできるようだ

入りきらない時に使うのだろうか

祈りのへこんだ穴がある

イスラム教とじゅうたんは何か教義と関係あるのか

いつもセットだなあと思う

 

ダルバン村にも駅があることが分かった

サマルカンドから辿れば、ボイスン駅よりも手前にあるダルバン村

は朝通り過ぎたのだろう

DARBAND

と書いた駅舎

はじめてダルバン村の綴りを見る

どこの本にもネットにも書いてないのだ

高山さんの本にあるだけの小さな村

ダルバン

線路だけが東西にそれぞれ続いている

あとは断層の山が低くあるだけだ

 

そこからは、タクシーの運ちゃんが見つけた

おじさんと娘くらいの女性の乗った乗用車に乗り換え

4人で長い2時間半くらいのドライブ

ドライバーのおじさんは何かと話しかけてくる

時々ザクロをくれる

酸っぱい

食べ方を教えてもらい

薄皮は車窓に投げるように言われる

日本ではしないけど

郷に入ればである

眠い

おじさんたちは南から来て

おそらく国境の町テルムズくらいしか大きな町はないけれど

そこからサマルカンドを通ってブハラに行くという

謎の一行だ

目的地のサフリサーブスで降ろしてもらう

さよなら、ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

ダルバン村までは30分ほど

本当に小さな集落ぽつぽつとあるだけの

茶色い世界だ

ダルバン村に来たのは高山なおみさんのウズベキスタン日記

という紀行本に出てきたガイドさんのふるさと、

其の描写の美しさに惹かれてきたのだ

この弾丸の旅に拍車をかけたのは否めないけれど

どこに行きたい訳でもないけれど

本に出てきたチャイハネという軽食茶場(私的造語である)

に行きたいと告げた

見渡す風景は、

小さく流れる澄んだ川に牛が水を飲んでいる

低い茶色で層のある低い山々

緑の淡い大きな木々たち

何にも侵されずに保存されたパノラマが広がる

静かな時間と文化が保たれた風景なのだろう

高山さんと同じ気持ちになる

ここにしばらく居たいな

そう思わせる澄んだ落ち着きがあるのだ

 

立ち寄って聞いてもなかなか小さな村、しかも10年以上前

の前とは違い過疎化もしているだろう村には行っても開いていないことを続け

ようやく小さなチャイハネを見つける

看板もない、壁の禿げた民家の庭に、小上りがあって、

地元の人がお茶を飲んでいる

年季の入った浅黒い肌の主人が食べるものはシャシリクしかないと言う

それでいい、羊のシャシリクを2本頼む

タクシーのおじさんは自分は要らないと言う

炭火でゆっくり焼かれる羊肉から立ち上る煙の向こうには

バームクーヘンを切って皿に乗せたような山が見える

小上りに腰を掛けて焼けたシャシリクをいただく

脂ののった羊肉が炭火のゆっくりした火にじっくりあぶられたのだ

美味いしかない

まるいナンとポットに頃合いよく出たチャイが心を温めてくれる

タクシーの運転手にも食べさせてあげろよ

主人は言うけど

食べないって言うんだよ

大きく銀色に尖ったシャシリクのくしを置く

そう伝えても主人はちょっと不服そうである

御馳走様

 

村にはクラッシックカーが至る所にあり

時間を越えて乗り続けたらこうなったという結果なのか

それはわからないけれど

すごいタイムスリップなのだ