法相宗 大本山
天武9年(680年) 飛鳥の藤原京で創建
文部2年(698年) 伽藍がほぼ完成
和銅3年(710年) 都が平城京に移り、薬師寺も現在の場所に移る(藤原京のは本薬師寺)
天禄4年(973年) 火災&戦火で創建当時の東塔を残し、
京禄元年(1528年) 伽藍のほとんどが焼失
慶長5年(1600年) 豊臣秀吉により仮金堂が建てられる(がしかし、いつ倒壊してもおかしくないくらいに老朽化)
昭和51年 橋本凝胤官長により、金堂再建
東塔(国宝)
高さ: 34m
各層に裳階(もこし){軒下壁面に造られた庇状の差掛}があるため六重に見えるが、三重塔である。
横幅: 41m 奥行: 20m 高さ: 17m
大勢の学僧が参集し、経典を購読したところ。本尊弥勒三尊像を安置。
西塔(再建)
西岡常一(にしおか つねかず){法隆寺金堂の復興で有名な宮大工}が高田好胤官長に西塔再建を具申、昭和56年に完成。約450年ぶりに東西の塔が向きあう。心礎(しんそ){柱の礎石}に仏舎利(ぶつしゃり){釈迦の遺骨}を納めている。
ep. 西塔は東塔より高く設計されている
木造の塔は時間とともに乾燥し縮んでいき、基壇は総重量約680トンの塔の重みで沈下する。あらかじめそれを計算に入れ、西塔は塔身で33cm、基壇で80cm、東塔よりも高く設計されている。東西両塔の高さが揃うのは約200年後。
横幅: 26.7m 奥行: 15.6m 高さ22m
「竜宮のような」と讃えられた当初の姿を復元。本尊薬師三尊を安置。
薬師三尊像(国宝)
薬師如来のまたの名を医王如来ともいい、医薬兼備の仏様。中央に薬師瑠璃光如来、向かって右に日光菩薩、向かって左に月光(がっこう)菩薩が祀られている。白鳳文化(奈良時代前半)の最高傑作として名高い。
本尊薬師如来坐像(国宝)
銅造 像高254.7cm
通常、薬師如来は左手に薬壺を置くが、この像にはその形跡がない。もとは金色に輝いていたが、享禄元年(1528年)の戦火で金が剥落し、黒い姿になった。
薬師如来台座(国宝)
銅造 高さ: 150.7cm
ギリシャの葡萄唐草文様、ペルシャの蓮華文様、インドから力神(蕃人の裸像)、中国の四方四神など、奈良時代における世界の文様が集約されている。
東院堂(国宝)
養老年間に吉備内親王が元明天皇の冥福を祈り、発願建立されたもの。
聖観音菩薩像(国宝)
日本屈指の美しい観音さまと言われている。彫刻法は、インドのグプタ王朝の影響を受けたもの。
玄奘三蔵院伽藍・大唐西域壁画殿
中央の玄奘塔は、法相宗の始祖・玄奘三蔵のご頂骨を真身舎利として奉安している。また、大唐西域壁画殿は、平山郁夫画伯が30年の歳月をかけ完成した壁画を絵身舎利として祀られている。
ep. 国民の力で再建を!
昭和40年代に復興が始まった薬師寺の伽藍の再建には膨大な資金と歳月を要する。「国民ひとりひとりの力で再建したい。」その願いの元、昭和43年から薬師寺では『お写経勧進』を始めている。写経道場や薬師寺東京別院、または自宅でも般若心経などを写経し、それを納経料とともに薬師寺に納めると、寺ではその写経を永代供養してくれる。
(参考資料:小学館 『サライの奈良』, パンフレット, 薬師寺HP)




