明智光秀生存説の想像話です。

聞いてください。


徳川家康は関ヶ原で討ち取った。

島左近の決死隊と島津義弘の正面突破。

福島正則が本陣正面を開けた事で、島津軍は本陣を目掛けて突撃!


そして、天海が徳川家康の後ろから、家康の最後を見届けた。


『家康討ち取ったり❗️』


18年の歳月をかけた最大のチャンスを、見事に連携して勝ち取った❗️


そんな最中、本多忠勝が響き渡る声で言い放った。


『主君は生きているぞ❗️怯むな❗️』


島左近、島津軍は突破した後、そのまま去っていった。この混乱の中、よく見ると家康がいた。

確かに光秀こと天海は目の前で家康が討ち取られたのを確認している。だか、家康は生きていた。

影武者だったか…。


そして、関ヶ原は終わった。


関ヶ原が終わったが家康が秀忠が間に合わなかった事に御立腹らしく、秀忠との面会を遮断しているようだ。


真田家は頼りになる。

あれだけの兵力差であっても全く関係ない。

しかも二度目の上田城での合戦。

徳川軍主力を相手に凄いお人だ。



その頃、本多忠勝、本多正信は徳川家康の影武者と話し込んでいた。徳川家康は死んでしまった。

影武者を家康として担いで行かないと、また乱世に戻ってしまう。何としてでも豊臣を倒さなければならない。今、家康が死んだとなると、味方に引き入れた武将たちもまたバラバラになってしまう。


考えた結果、秀忠には話さない、そして、世良田二郎三郎には家康になってもらうしかない。

味方の武将たちにも内密に動く事にした。


本多正信が家康のクセを教えている。

秀忠を遠ざける事が出来るのも、せいぜい7〜10日位だろう。あまり時間がない。

失敗すれば徳川家は終わりだ。

秀忠が知ると、なぜ自分に家康の代わりをさせないのか❓

騒ぎ立てるだろう。

だが、今はその時ではない。

徳川家康でないとダメだ。

結束が崩れてしまうだろう。


一か八かの大勝負。


秀忠と影武者の面会の時が来た。


つづく