前回の日枝神社から西へ移動していきます。

 

■大家神社・・・埼玉県坂戸市厚川135

 

 

 

多くの河川と、それによって浸食された丘・台地が入り組んだ場所です。

とはいうものの現在では住宅地であります。

 

鳥居は交通量の多い道路に面しています。

 

 

 

祭神は猿田彦、清寧天皇(白髭皇子)、武内宿祢、諏訪大神

明治5年に諏訪を合祀、明治40年に大家神社と称する。

 

拝殿

壁がなく素通しです。

 

拝殿内部

 

拝殿を横から

 

神紋があるようなないような…

 

拝殿、本殿を横から

 

こちらは本殿背後にある古宮

 

金刀比羅、蚕影、八坂

 

 

 

鹿島大神、かな?

 

稲荷、駒形大明神(不明)

 

猫の足あとサイトを参照します。以下青字

江戸期には白髭社と称し、明治5年諏訪大神を合祀し、明治40年に大家神社と改めた。

村の草分けである小谷野の東宮(宮方、宮の家)といわれ、白髭社はもとこの家の屋敷鎮守であったものが後に村持ちになった。祀職も明治初めまでは東宮で奉仕が続けられていた。
祭神は猿田彦命・
清寧天皇・武内宿禰の三柱である。明治末年まで白髭神像が内陣に安置されていた。

 

清寧天皇については#226入間川を越えて北へ01 白髪白山神社で述べたとおりです。

猿田彦はここへの入植の斡旋者でしょう。武内宿禰は時代が下ります。

本殿背後の金刀比羅、蚕影は中世以降のような気がしますが、八坂は白髭以前のイスラエル系入植者の神という気がします。

鹿島はまぁどこにあっても不思議ではないし、駒形が謎です。ここが分かれば何か判明するかもしれませんが…

 

といったところで、700年代の高句麗続移民コロニー以前はイスラエル系入植者のコロニーだったんだろうな、と想像するばかりです。