そろそろ台湾ネタやめよーかと思ったんですがまだ引っ張ります(*`ω´*)

松原です!

最後は忠烈司で(●・ω・)/
忠烈司ってなんやと思ってたら、ガイドさんが日本の靖国神社みたいなとこって言ってました。

台湾は徴兵制の国です。
それすら知りませんでした( ゜д゜ )
今は1年ですが、昔は2年3年だったそうです。

ものすごく辛い経験でも、そのおかげでどんなことも耐えられるようになったとか!

軍隊での生活では先輩からのいじめは当たり前にあるそうで
ガイドさんはなんと同室者の先輩がゲイだったそーで
セクハラもあって
「殴られた方がマシ」wと

うーん、恐ろしい!w


さて、忠烈司には衛兵さんがいます。


史跡巡りサークルー旅イロー



写真では伝わりにくいですが、これめっちゃ怖いです

人間なのに動かなさすぎて人形みたいΣ(゚Д゚)

ほんま微動だにしないって、激しい運動するより辛いと思います‼

軍隊のエリートが選ばれるそうです!



衛兵さんたちの交替式ってのも見れます。


史跡巡りサークルー旅イロー


かっこよかった~(〃ω〃)



台湾はご飯は美味しいし、色々安いし、日本語通じるし、皆さん優しいし、旅行しやすい国でしたヾ( ^ω^)ノ

まぁ旅行者が日本人か中国人って感じやったけど(^q^)

とにかく台湾オススメなのです!

6万円ほど貯めれば行けるので1回生のうちにも行けますねo(・∀・)o゙


では次回はあの!東京国立博物館!

今回はある話を紹介したいと思います。

『あるとき近衛天皇の皇后がある小侍従に「恋人がくるのを待つ夜と恋人と別れる朝のどちらの方がつらいか」と問いかけたとき、この小侍従は

待宵のふけゆく鐘の声聞けば帰るあしたの鳥はものかは
(恋人を待ちながら夜がふけていく鐘の音の悲しさに比べたら恋人と別れる朝に聞く鳥の声などものの数ではありません)

と答えました。そこからこの小侍従は「待宵の小侍従」と呼ばれるようになりました。

また、あるとき藤原実定がこの家に訪ね、実定が夜明けとともに帰るとき、実定は「侍従があまりに名残をしそうに見えるから、戻って何でもいいから行って来い」と供の蔵人にいったところ、蔵人は戻って小侍従に

物かはと君がいひけん鳥の音のけさしもなどか悲しかるらむ
(物の数ではないとあなたが言った鳥の声が今朝はどうしてこんなにも悲しく聞こえるのでしょうか)

と聞いたところ、小侍従は涙をこらえながら、

待たばこそふけゆく鐘も物からめあかぬ別れの鳥の音ぞ憂き
(訪れるはずの恋人を待つからこそ夜がふけてゆく鐘の音を悲しく感じますが、あなたが思いがけなくおいでになられ、名残尽きない別れをせきたてるような鳥の声こそがほんとうにつらく感じます)

と答えました。そこからこの蔵人は「ものかはの蔵人」と呼ばれるようになったそうな』

この話を読んだことがある人もいるかもしれませんね??
これは『平家物語』のなかの話で、後ろの話は福原遷都後の話です。

現代風にいうと「待宵」は恋人からのメールの返事を待ってる時で、「帰るあした」は恋人とのデートのあとの別れるときと考えるとわかりやすいかもしれませんね??

みなさんはどちらの方が悲しく感じますか??

こんにちは!お春です!

今回も引き続きアヤソフィアの紹介を!

アヤソフィアの一階足元にあるこちらの石床、何を表していると思いますか



史跡巡りサークルー旅イロー
写真からだと少し分かりにくいのですが円はいくつあるでしょう
答えは13個
つまり真ん中の大きな円がイエスを
周りの12個の円が12使徒を表しているのです!


お次はこちらの写真



史跡巡りサークルー旅イロー
よーく見てください
何かに気が付きませんか
そう、イスラム教の聖地・メッカの方向を示すミフラーブと
キリスト教壁画である聖母子像がほとんど同じ方向にあるのです!

漆喰で固められていたとは言え、モスクでお祈りするイスラム教徒が
同時に聖母子とも向き合っていたというのはとても興味深いですよね´`*
以前も書きましたが、イスラム教ではイエスのことを預言者としては認めているので
聖母子に向かって祈ること自体は大きな問題ではなかったようです(偶像崇拝がだめなだけ)

ちなみに、ミフラーブは本来モスクの中央に設置されるのですが
アヤソフィアは元々がキリスト教教会で、メッカの方向を計算して建築されているわけではないので、
後から設置されたミフラーブは中央から少し右側にずれています


アヤソフィアには漆喰で固められていた多くの素晴らしいモザイク画が
現在では日の目を浴びています*



史跡巡りサークルー旅イロー
アヤソフィア最高傑作と名高い「ディーシス」のキリスト像

写真にはないのですが「コンスタンティヌス帝と聖母マリアとユスティニアヌス帝」のモザイク画は必見です
コンスタンティヌスが首都コンスタンティノープルを
ユスティニアヌスがアヤソフィアを、マリアに抱かれるイエスに献上している絵です
アヤソフィアの成り立ちを端的に表していますね
そういう私は思いっきり見逃しましたけど!泣


あ、これも面白いです



史跡巡りサークルー旅イロー
二階の欄干なのですが元々は十字架模様だったんですね(私の指参照(笑))
それをオスマントルコは削ってキリスト教要素をなくしました
うっすら跡が見えますけどね


ちなみにアヤソフィアはブルーモスクと異なり現在は正式なモスクではありません!
あくまで博物館です、その証拠に入館料が必要です(モスクは無料、任意の寄付)
これはトルコ共和国創立の父・ケマルアタトゥルクの政策によるものです*
アヤソフィアをモスクとして残そうとすればキリスト教モザイク画は一生漆喰の中…
開かれた国際社会への一歩として文化の融合を
博物館と言う形でアタトゥルクは公開してくれたんですね…