子供がかわいいと思えない


子育て時期にはそんなこと考えもしなかった


覚えているのは、


まわりのお母さん方との違和感


もっといいお母さんを装わなければならない


バレないように


何を〜?


実は、「もっといい母親に」


というのがミソでして


普通のお母さんって、もっといい母親になんて


思わないんだよね


自然体で、愛されて育ったら


子どもかわいい〜


頑張らなくても自然に思えるんですね


それを知らなかったあの頃( ̄▽ ̄;)


子どもがかわいいと思えたら


お母さんかその親からしっかり愛されていた


という証


それをあの頃知ってたら


ガンガンと役員や、子育てサークルや


犬の会、不登校の会に


熱中しなくてもよかったんだよね╮(´・ᴗ・` )╭


全くもって不登校は私の問題でしたね


そこんとこが分かってほっとしてる


良い親して、いいお母さんのふり


しなくても良くなった


子どもにとって、それが自然体の


いいお母さんじゃないかと思ったりする


やれやれ





お昼近くに起きて

寝ぼけ眼で1杯の水を飲む


それから最近、バランスボールで

バランスとれなくて(笑)

股関節を痛めて

整骨院に通いだしたので

お昼に整骨院


その後甲子園の決勝を眺めながら

猫と戯れ

ちょっと前から気になっていた

白髪染めへ


帰ってきたら決勝戦の9回表

ここまで来たら両者満足だろうなと

勝手に考えながら観戦


猫にゃんが、おやつを催促してきたので

かつお節を少々


そして日が暮れる

考えることは色々あるけれど

とりあえず私は

平穏な日常を暮らせてる


そうだ、猫と暮らし始めて

おうちのグリーンのお世話が手薄になって

何個か枯らしてしまって、

ついにはパキラだけに…


まあ、いいか

そんな今日1日


夜は本業のカウンセリング業務が

待っている。






 

  父親からの電話、これが必ず「何かを送ってくれ」というフレーズで始まる。

 

 

先日もサプリメントがもうすぐ無くなるから

送ってくれと連絡がきた。

いつもは、行きつけの薬局で買っているのだが

ちょっとした事情(大抵しょうもない事由だ)で

恥ずかしくて頼めないからと私にお鉢が回ってきた。

 

薬だけならすぐ送れたものの、他にも頼まれ物がどんどん増えて

それらを用意するのに時間がかかる

 

そして、薬はまだかと連絡がくる

無理すれば送れない事もなかったのだが、

少々体調崩していたので無理はしなかった。

翌週になると伝えたら

父親は半切れで自分で頼むからもういいと

予想通りの反応が返ってきた。

 

これよ、これ

実際いい気はしない

 

アダルトチルドレンが人の顔色や反応を伺って

相手の都合に合わせて自分を犠牲にするのは

このような幼少期の連続で相手軸で物事を考えるようになるのだ。

 

そんなことない?

 

昔の私であれば、父親の反応におびえていただろう。

そして、むかつきもしていたものだ。

我ながらたいした成長をしたもんだと思うてへぺろ

 

 

冷たい自分でいい 

 

父親とのやりとりで何を伝えたいかというと

 

父親は自分のいいなりにならない相手に対して

「情がない」とか「してくれない」とか「冷たい人間だ」とか

昔から言っていた気がする。

父親のそれは、

単なる自分の言うことを素直に聞き

身を挺して自分のために動いてくれる相手を

愛情があると定義されている。

 

私も子育てをする頃に、

家族の洗脳で、子供に大きな勘違いをしてしまった過去があるので

よく分かるのだが

自分に都合のいい人間を「よし」としてるだけの話である

 

それを愛情だと勘違いしていた幼少期

 

そりゃ、自分の子育てと人間関係で、どん詰まりますねん

 

これは被害に遭う方の立場であるが

不思議と被害にあってる意識が微量なのです。

 

 

  そして帳尻は、別のところで合わせる

 

 

どこで合わせるかといういと

 

相手のいいなりになって、きつい思いをした末に

別の人間関係で自分に都合のいい人間を作ろうとする

 

親からされたことは、自分の家族、社会、人間関係に反映される

 

帳尻を合わせるにしても親からされたことは

幼少期から考えると何万回、何千回となるわけで

 

せまい自分の人間関係のなかで、された分の帳尻を合わせる人間を探すには

大変だね

 

それが、子供なら可能になる

 

あなここでは、これを

長いスパンの中での

 

やり返しといいます


この状態を

タイムラグが起こっているといいます


これはやばいということを理解したとして、

 

もしも、子供や家族にできなくなったら、どうするか?

 

 

自分を都合のいい人間に仕立て上げて

自虐・・・つまり、再度自分を

幼少期の親にとっての都合のいい人間にし、

必死に自分を追い立てる姿を、まわりにアピールするのですね。

これを幼少期、昔の

再演化といいます


過食、拒食、仕事、けなげな姿


「私はこんなにがんばってるのに」

 

このような幼少期の養育者への

メッセージを誰が

受け取りたいものでしょうか?

 

これでは、いつか孤独、破綻するに決まってます。

 

この奇妙な終わらないメビウスの輪に気づくことが

とっても大事なんだと思いますよ。

 

自分のキャパ以上の仕事を引き受けない

「よろこんで~」は居酒屋さんだけでいいんです爆  笑

 

今何が大事なのか自分の「意思」がとても大事になるんです

 

意思が分からないうちは、数打ちゃ当たるでもかまわないですが

「意思」は、愛情から発する物の方がいいんです。

だから、意思を選択する力が、「冷たい力」なのかもね。もしかして、分ける力を冷たいなんて思ってないでしょうね(笑)

 

人の顔色うかがい心にもないおべんちゃらを並べるアダルトチルドレンには

 

「冷たいね」は、褒め言葉くらいでふんわりリボンいいんだよ

 

サクッと生きていきましょう~~

 

 

 

 

アダルトチルドレン(家庭としての機能が不全であった家庭で育った人たち)

が親になり、子育てをするとき

一番に陥りやすい事柄

 

 

 学歴に異常に執着する親たち

 

目的もなしに、大学院にまでだし、あげくの果ては

留年、転学、繰り返し、

10年過ぎても大学生・・・そして職がない

よくある話なんですよ

 

大学でなくても有名高校に頑張らせて入れて

出席日数が不足で、やむなく断腸の思いで(誰が?という事が大事です)

通信高校へ行かせる

 

これもとてもよく聞く話です。

似たような話は、ごろごろあります。

 

誤解しないでほしいのですが、

それが悪いということではないのです。

 

経済的に余裕があれば、いくらでも大学に在籍してもいいかと思います。

働くということを子供に伝える必要のないくらい

財源が有り余るほどあれば、働かなくてもいいのです。

本人が心から望めばです。

 

そしてそれが、子供の夢ではなく、

親の夢を追い続けているのでは無かったら

です。

 

でも大抵の親はいうのです。

 

大学を出て社会で人の役に立つ人になってほしい。

 

矛盾してますよね

今度こそ、卒業するという親の期待

普通の大学を4年~5年で卒業する力がないという事実から

目を背けていませんかねえ

親のひいき目で、子供を見たらいけません。

 

子供が10年くらいも、大学に在籍しても

期待を捨てられない養育者は

今日も明日もあさっても、一年後も

子供の大学卒業を夢見、就職するために

お金を出し生活支援をお子様に続けさせて頂くのだろう

 

 

ここで、アダルトチルドレンとして

 

 

子育て時代を終えた私としては、

子供は20才で自立することを目指して

育てる方がよいと感じています。

 

本を読んで頂けたらわかると思いますが

 

 

   スター不登校になっちゃった奮闘記:実録 飛び出すハート

      (アマゾン電子本)

 

私も同じ穴のむじなでございました。

 

公文からはじまり、幼稚園選び、早期教育致しましたが

 

子供の不登校によって挫折いたしましたのです

 

うちはそれで良かったのだと思います。

大学に行ってプー太郎になる可能性は高かったと思います。

 

子供が挫折したときは、お子様から、大人に変わる

ある意味

 

親も子もお互いに癒着を外す、大きなチャンスの時なのです。

 

これは、うちのあるクライエントさんのTwitterの一部です。

親子の癒着をとるために、必死で決断した別居でした。

一年後、息子さんは、アルバイトを始めました。

 

 

 

 

 

 

子供の顔色をうかがうなかれ

子供の自立を促そう

18過ぎたら自立を目指して

 

image

 

アダルトチルドレン(機能していない家庭で育った人たち)にとって「喪失」という経験はおそらく機能している家庭で育った人よりも数十倍多いということを理解することで生きることが数段楽になります。

 

赤ちゃんの頃

養育者が、赤ちゃんに向かって「かわいいねえ」を惜しみなく言葉や態度で伝えたら

どうなるか?

その子は、「かわいい」は、慈しむ感情の発露だと次第に理解し

他者に対しても、「かわいい」を心から無邪気に出すことができるでしょう

 

 

最近私の周囲でも猫と暮らし始めた人が偶然にいました。

偶然にも、私もいきなり老猫と暮らしはじめることになりました。

 

もともと、数十年前に猫数匹を看取った経験がありましたので

猫と暮らすことは、さほどハードルは高くありません。

猫の行動が懐かしくて、きゅんきゅんして、かわいらしくてたまりません。

 

 

はい、ここで、「かわいい」が出てきましたね

 

 

ごはんを要求されても、きゅんとしますし、

こうして記事をかいている間に、隣で丸くなってくーくーと寝息をたてて

寝ている後ろ姿にも実にきゅんとします。

ああ、かわいい~~~~

 

なのに、でも、しかしです。

かわいいと思っちゃいけないなんて思う

ストッパーがかかるんですよ。

うそみたいな話でしょ

 

別れがつらくなる、猫バカと思われたくない

猫が嫌いな人がいるかもしれない

妬まれるかもしれない

こんなのかわいいって頭おかしいんじゃない?

などなど

 

それは自分の評価を気にする保身です。

そこで、自分の本当の感情にブロックをしていくのです。

 

そうしたら

 

人と共有ができない

 

コミュニケーションができない

 

いいですか、感情をブロックすると人間関係のコミュニケーションが

不具合をおこすのですね。

 

人は形や表面の言葉でつながっているのではなく

感情でつながっているのです。

感情をブロックしている人の特徴は

買い物依存、ギャンブル依存、人の顔色を伺う共依存関係等

形や物を維持することに熱中するのです。

 

  感情を喪失した理由

 

幼少時の頃、私の母親は、花を生ける事が好きでした。

母親が花を丁寧に切って花器にさしていく姿を何度も見ています。

が、その母親の姿はずっと無言でした。

 

そんな花好きな母親をずっと見てきたわけですが

私は花には興味ナッシング・・・

 

母親は花を活ける自分の姿が好きだったのか

好きでやってたのか、いまだに分かりません。

花を介して母親と会話をした記憶も微塵もありません。

 

ここで「かわいいね、きれいだね、素敵だね」を喪失しています。

人は幼少期に感情を学習することで表現する力を得ていくのです。

ぼんやりと無感情に花を眺めているだけでは、

子供の感情は育たないのですね。

 

逆に感情は、こうしたら親が不機嫌になる

恐怖やおびえだけが育つこともあるわけです。

 

喜怒哀楽という言葉がありますがたくさんの喜怒哀楽の言葉を

親から学習していないと無感情、あるいは感情をうっす~く感じても(感情鈍磨)

この心をどう表現したらいいか分からない、自信がない

状態が発生するんですね。

 

これを繰り返していると・・・

 

これらが感情喪失ではないかと思います。

 

 

 

感情喪失、感情鈍磨の状態では

相手に伝えるものが、なくなるんですよね。

 

びっくりした、驚いた、悲しかった、嬉しかった、面白かった

 

そこに自分の心が動いたところを表現して

相手と共有し、相手も心を動かす、

それが互いの心のエネルギーの交流が起こり

それをコミュニケーションと呼ぶのです。

 

感情が鈍磨していると、心が動かない

だから人に伝えられない、伝わらない

そして、自分にがっかりする

 

その後、コンプレックスとなり

人と話すのが苦手

 

盛り上がっている中に入るのが苦手

 

ひとり勝手に疎外感、被害者

 

大勢の中にいると頭が真っ白け~

 

いろいろな話題が飛び交う中に、ぽっつん

 

感情を喪失していくということは、コミュニケーションも奪われるということになるのです。

さらには、子育てにも影響を及ぼします。

 

今からでも遅くない

 

ウソでもいいから自分をほめる

 

簡単ではありません。

 

幼少時に喪失したものを大人になって取り戻す。

 

ウソでもいいから、「かわいいい~、きれい~すてき~~」

をまず、自分が持っているものに対して

かなり意識して、言葉にすることです。

 

これ、先んじて人に使っても、

うすっぺら~さが露呈するだけですので

まずは、自分の身近なものからです。

 

仕事に行く、おでかけする

お弁当を作る

 

「うん、上出来!すてきだわ、かわいくできたわ」

 

いつだって女は、自分を褒めなきゃですね

あ、男もですけど。

 

そして、万が一、人から褒められたら

「でしょ、でしょ」と喜んでください。

 

先に猫の話をしましたが、

猫って「かわいいいね~かわいい、かわいい」

そういうと、ほんとにかわいくなるんです。

 

人間がメロメロになるような声を出してきたり

甘えてきたり、まじです。

そしたら、人間側も、声がかわいらしくなってしまうんです。

独り言も黙って聞いてくれるし

時には、ほんとに人間の言葉が分かってるんじゃないかと

思うときがあります。

 

さて、今日の記事は如何だったでしょうか

 

ウソが、ほんとになっていく・・・笑

猫を飼ったことで見えてきた

感情喪失と感情鈍磨とコミュニケーションの関係

 

だまされたと思って、猫を飼って・・・ちが←

意識して

 

「自分の身の回りのものをかわいい、かわいい」

 

 

と一日、30回(根拠はない)言ってみたら、

世界が変わるかもしれません。

 

 

by りんりん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  子育ての理想に燃えすぎて炭になる

アダルトチルドレンはそもそも普通の家庭がよくわかっていないということを

自覚せねばならない。

 

友人との会話で垣間見る家族

テレビやコマーシャルで眺める家族像

本や雑誌のコピーライトで洗脳される家族像

 

何気に家族はこうあらねばならない

と思い込んでその理想を突き進むアダルトチルドレンの子育ては

案外と多いのである。

 

例えば、笑顔がたえない〇〇ハウス

家族がくつろげる▽▽ハウス

そこには犬がいて、子どもがいて

子煩悩な夫がいて

みんな笑顔で、そこにいる「私」は幸せの笑顔であふれている

 

うん、実に気持ち悪いステレオタイプな

家族の押し付けであると今の私なら思う

100の家族があれば、100の幸せの光景が存在するということを

当時の私は知らなかった。

 

なぜこのようにあっさりとアダルトチルドレンは

外から入ってくる情報によって

「家族像」を作り上げるのか?

 

簡単である

 

アダルトチルドレンには、家族というモデルが

存在しないからである。

 

 

↓電子書籍を出しています↓

 

私の子どもが不登校になったころの実体験を書いています

なかなかヘビーな中身です

不登校になっちゃった奮闘記

ACがなぜACになったのか?回復するには喪失したものを取り戻すこと

壊れた心を取り戻す

 

                    

 


 

  ACの天敵・義母ンヌの壁

前回の続きです。

 

最初にぶち当たる壁

それは

子どもの反抗期でもなく、夜泣きでもなく

 

義母ンヌの襲来

 

どんな壁を作ろうとぶち破って入り込む義母ンヌ

生まれたばかりの子どもを奪い取らんばかりの勢いで

城門を打ち破ってやってくる

 

閉そく的な状態を好むACにとって

これが一番のストレスになる

 

私もどう義母ンヌの襲来を阻止しようかと

あの手この手を使ったが

義母という存在には白旗を上げざるを得なかった

 

連絡なしにいきなり来る

ピンポンを鳴らさず突入してくる

奪い取るように子どもを抱っこして離さない

 

ACには、自分の閉そくした安全な場所を

脅かす敵にしか感じられないのです

 

この件に関しては、最初から最後までそうであったので

最後は根負けした私

 

義母ンヌの名誉のために言っておくと

義母ンヌの人格がおかしかったわけでもなく

そういう文化なのだ。

AC的にも他者からの侵入は、それくらい感じられた

というだけのことで

どちらが悪かったわけではなかったのよね

 

閉そくが安全だと感じるACと

閉そくしていない人たちとの攻防戦のスタート地点に

ACの子育ては立つのです

 

 

 

           【あなここキンドル電子書籍】

不登校になっちゃった奮闘記

         

 

壊れた心を取り戻す

 

               

 

 

 

 

  子育ての閉そく感

最近はやりの言葉「ワンオペ育児」

私もご多分に漏れず企業戦士であった元夫との子育てを

振り返ってみました。

ワンオペの何が一番辛いか・・・

 

大人同士で意思疎通をする相手と会話ができないということでした。

 

 

 

気が付いたら慣れない赤ちゃんの世話に追われるばかりで

今日も誰とも話さなかった・・・と

子どもを寝かしつけながら

一緒に倒れこむように寝てしまう

そんな子育ての始まりでした。

 

一般的に第一次反抗期と呼ばれる嫌々期(2~3歳)が

お母さんが一番大変といわれますが

私の場合は、もう最初からどんづまり育児でした。

 

反抗期でなくても「泣く赤ちゃん」というものは

時間に関係なく養育者に何か訴えてくる

余裕がないACの私は

だんだんと気持ちが追い詰められていきました。

 

「ちゃんとやってるのに、泣かれる」

「頑張ってるのに、泣かれる」

 

ああ、やだやだ

(たまにはこんな風に思ったっていいんです)

子育てに夢や希望を持ちすぎていた当時の私は、

そんなこと思っちゃいけないって考えていたんですね。

そして、このイライラはどこで発散するかというと

旦那さんへ

旦那さんのちょっとした一言で、きーーーっと

なるわけです。

掃除機の音をわざとガンガンしてみたり

お茶碗あらう音をガチャンガチャンしたり

ドアをバタン

荒々しく音を立てまくった記憶があります。

 

しかし、子どもが寝てる時など

旦那さんが無神経に音を立てると

「きっ」と

内心鬼のような気持になっていました。

炎のような鬼オーラが背中から立ちのぼっていたと思います。

 

こうしてACの私は自分が閉そくしていき

外部を遮断するようになっていきました。

 

 

さて、1歳、2歳、3歳となっていくと

旦那より強敵の天敵が現れます。

 

 

不登校の電子書籍版を作りました!!

「不登校になちゃった奮闘記」

 

原作

「わが子が不登校になった日」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  またパスワード迷子になっている間に、kindleの電子本を出した話

しょうもない話でごめんなさい

 

どうも、アメブロと私は相性悪いようで

よくパスワード難民になってます

 

今回は運よく入れたってことで

ほっとしました。

 

 

年末に、題名まんまの不登校の親体験記

 

『不登校になっちゃった奮闘記』

 

を出版しました^^

 

https://amzn.asia/d/8YoFiH9

 

以前から どうしても実本から電子本にしたかった訳があります

 

だって、お母さんがそんな題名の本を

 

 

家庭に置いておきにくいでしょ

 

 

スマホでさっと読めたほうが

心置きなく読めて安心だよねって

ここ数年考えていて

 

「わが子が不登校になった日」を

 

少し簡略化して、電子本にしました。

 

 

ぜひ、気軽に読んでみてくださいね。

 

#不登校

#不登校をどう乗り切ったか

#アダルトチルドレンの子育て