屋根を直しに行く ~東日本大震災・茨城~ ④ (すかポン)
買い物を済ませ、次は大洗のほうに向かいます。
ホームセンターのすぐ近くにある、国営ひたち海浜公園。
例年この時期は様々な花が咲き乱れ、多くの行楽客が訪れる場所ですが、地震の影響で休園中となっています。
公園に沿ってしばらく進むと海に突き当たります。
夏は多くの海水浴客が訪れ、サーファーたちにも人気で一年中賑わいを見せる阿字ヶ浦海水浴場。広い砂浜が続いています。
ある程度の被害を想定していたのですが、海の家は砂浜にそのまま建っています。
この近くには、ひたちなか港という大きな港があり、その沖には巨大な堤防が造られています。その堤防のおかげで、この付近は被害が少なかったのではないかとの一説があるそうです。
道路はあちこちがひび割れ、波打っています。
道路を挟んだ陸地側の海の家や宿泊施設は、外観からは影響が少ないように見えます。
少し進んだ磯崎海岸。
中生代白亜紀に形成されたという岩礁群が連なる場所です。
道路の上に水が来た形跡が見られます。
唐突に転がるコンテナ。
海岸に幾つか打ち上げられています。
津波でどこからか流されてきたのでしょう。
平磯海水浴場付近。
アスファルトが割れ盛り上がる歩道。
この辺りは津波も来たのでしょうか。
全面通行止めとなっている海沿いの道路を迂回し、さらに那珂湊の方へと向かいます。
※屋根を直しに行く~東日本大震災~ ① ② ③ ④ ⑤ ⑥
ホームセンターのすぐ近くにある、国営ひたち海浜公園。
例年この時期は様々な花が咲き乱れ、多くの行楽客が訪れる場所ですが、地震の影響で休園中となっています。
今は水仙や菜の花が見頃。楽しみにしている人も多いのです。
公園に沿ってしばらく進むと海に突き当たります。
左側がひたちなか港、右が阿字ヶ浦海水浴場。
夏は多くの海水浴客が訪れ、サーファーたちにも人気で一年中賑わいを見せる阿字ヶ浦海水浴場。広い砂浜が続いています。
ある程度の被害を想定していたのですが、海の家は砂浜にそのまま建っています。
砂浜も綺麗なままでした。
この近くには、ひたちなか港という大きな港があり、その沖には巨大な堤防が造られています。その堤防のおかげで、この付近は被害が少なかったのではないかとの一説があるそうです。
道路はあちこちがひび割れ、波打っています。
ゆっくり進みます。
道路を挟んだ陸地側の海の家や宿泊施設は、外観からは影響が少ないように見えます。
津波はこなかったのでしょうか。
少し進んだ磯崎海岸。
中生代白亜紀に形成されたという岩礁群が連なる場所です。
魚介・海藻を取りに、よく訪れます。
道路の上に水が来た形跡が見られます。
道路を挟んだ家は大丈夫だったのでしょうか。
唐突に転がるコンテナ。
津波の力を見せつけられます。
海岸に幾つか打ち上げられています。
津波でどこからか流されてきたのでしょう。
韓国商船の荷物でしょうか。
平磯海水浴場付近。
クジラの大ちゃんは無事なようです。
アスファルトが割れ盛り上がる歩道。
地盤の影響もあるのでしょう。
この辺りは津波も来たのでしょうか。
浸水被害があったようです。
全面通行止めとなっている海沿いの道路を迂回し、さらに那珂湊の方へと向かいます。
※屋根を直しに行く~東日本大震災~ ① ② ③ ④ ⑤ ⑥
屋根を直しに行く ~東日本大震災・茨城~ ③ (すかポン)
屋根の作業は一段落したので、家の中の修復に必要なものを買出しに行きます。
準備をしていると、居間に取り付けられたスピーカーから、今日の給水情報が流れてきました。ひたちなか市では、先の地震が起きてからずっと断水状態が続いてるのです。
水は指定の給水場にて配給されています。今日の配給は、一人2リットルまでとの情報です。
配給にも人が殺到します。知人は2リットルの水を貰うのに、2時間並んだそうです。
水がないと入浴も困ります。
銭湯のようなところもやってはいるのですが、先日母が行った場所は入浴まで2時間半待ちだったそうです。
与えられている水が少ない中では、水分は十分補給できず、日々の炊事も思うようにいきません。
もちろん飲食店は軒並み営業を休止しています。
準備が出来たので、車で買出しに向かいます。
この地域は海から5kmほどのところにあるので、津波の被害はなかったのですが、やはり屋根と塀の被害が目立ちます。
まずは、衛生用品等を買うためドラッグストアへ。
思ったより商品があることに驚きました。
パンや、
水も結構あります。
即席麺や電池は売り切れていました。
崩れ落ちている天井中央。その影響で、しばらくは店舗半分程度でしか営業できなかったそうです。
次は修復用の資材を買いに行きます。
途中で見かけた自転車に乗った家族。配給水は一人2リットルなので、家族総出で貰いに行くのです。
この先の学校では、飲料用以外の目的でプールの水も配っていました。
ホームセンターへ到着。
品薄になっている運搬車コーナー。
普段は取り扱いの少ないものが売れています。
屋根の被害で、トタンの需要も増しているのでしょう。
ここの天井にも地震の被害が見受けられます。
ここでは断裂した水道管のパイプと屋根補修用のトタン板を購入しました。
このあと大洗のほうにちょっと用事があるので、海のほうを通って行くことにします。
※屋根を直しに行く~東日本大震災~ ① ② ③ ④ ⑤ ⑥
準備をしていると、居間に取り付けられたスピーカーから、今日の給水情報が流れてきました。ひたちなか市では、先の地震が起きてからずっと断水状態が続いてるのです。
水は指定の給水場にて配給されています。今日の配給は、一人2リットルまでとの情報です。
配給にも人が殺到します。知人は2リットルの水を貰うのに、2時間並んだそうです。
東海村臨界事故の際に取り付けられました。
水がないと入浴も困ります。
銭湯のようなところもやってはいるのですが、先日母が行った場所は入浴まで2時間半待ちだったそうです。
与えられている水が少ない中では、水分は十分補給できず、日々の炊事も思うようにいきません。
もちろん飲食店は軒並み営業を休止しています。
マックもスタバも営業休止。
準備が出来たので、車で買出しに向かいます。
この地域は海から5kmほどのところにあるので、津波の被害はなかったのですが、やはり屋根と塀の被害が目立ちます。
ここは結構屋根が落ちてしまっています。
鉄の芯が入っていない塀は、軒並み崩れています。
まずは、衛生用品等を買うためドラッグストアへ。
思ったより商品があることに驚きました。
業界5位。大手チェーンなので、独自の流通網でも持っているのでしょうか。
パンや、
賞味期限が近いものは半額にしてくれています。
水も結構あります。
物があるというよりも、買占めされていないという印象です。
即席麺や電池は売り切れていました。
きっとカップ麺の陳列棚のはずです。
崩れ落ちている天井中央。その影響で、しばらくは店舗半分程度でしか営業できなかったそうです。
大型の店舗なので、中央部に影響が出やすいのでしょう。
次は修復用の資材を買いに行きます。
途中で見かけた自転車に乗った家族。配給水は一人2リットルなので、家族総出で貰いに行くのです。
この先の学校では、飲料用以外の目的でプールの水も配っていました。
自転車でガソリンを節約です。
ホームセンターへ到着。
東京ドーム5個分の超大型ホームセンター。
品薄になっている運搬車コーナー。
いつもは山積みになっています。
真剣に選んでいる二人。水や物資の運搬に使うのでしょうか。
普段は取り扱いの少ないものが売れています。
屋根の被害で、トタンの需要も増しているのでしょう。
うちでは一枚購入しました。
ここの天井にも地震の被害が見受けられます。
ここも相当揺れが強かったのでしょう。
ここでは断裂した水道管のパイプと屋根補修用のトタン板を購入しました。
このあと大洗のほうにちょっと用事があるので、海のほうを通って行くことにします。
※屋根を直しに行く~東日本大震災~ ① ② ③ ④ ⑤ ⑥
屋根を直しに行く ~東日本大震災・茨城~ ② (すかポン)
昨夜、何とか実家に戻ってきました。
今日は父と共に、朝から屋根の修復に取り掛かります。
まずは状況の確認です。屋根に上ると、棟の部分にブルーシートがかけてあります。
地震により棟瓦が全て落ちてしまったので、とりあえず雨の進入を防ぐため、シートをかけておいたそうです。
こういう時なにかと役に立つブルーシートですが、ホームセンター等ではもう手に入らず、これは知人に何とか借りることができた物とのこと。
ブルーシートを購入するため、5枚で一万円という、通常では考えにくい金額を支払わざるを得なかった方もいるそうです。
屋根は、一番上にある棟瓦が全部落ち、その他何枚かの瓦が割れている状況です。
屋根の上から周りを見渡すと、あちこちに同じようにブルーシートのかかった家が。昔の工法の家屋では、棟瓦は粘土等の上に乗せられているだけで、しっかり固定されていないことが多いそうです。
とりあえずは、破損箇所を掃除し、ビニールシートをしっかりかけなおしてゆきます。
そして、落ちた棟瓦を綺麗にし、屋根の上に整然と並べてゆきます。
最後に割れた瓦を備えのものと交換します。
地震後瓦屋さんに瓦を買いに行ったところ、瓦の在庫はすでに尽きており、修理の依頼は二年先まで予約で一杯となってしまったそうです。
よくみると、棟瓦以外にもひどく壊れているところが幾つかあります。棟瓦の固定もできていないのですが、修理に使う資材が手に入らないため、今の段階ではこれぐらいの作業までしかできません。
縁側で一休み。
いろいろ話をしましたが、出てくるのはやはり地震のことばかりです。
作業は一段落したので、これから買出しに行くことにします。
※屋根を直しに行く~東日本大震災~ ① ② ③ ④ ⑤ ⑥
今日は父と共に、朝から屋根の修復に取り掛かります。
この家の屋根に登るのは初めてです。
まずは状況の確認です。屋根に上ると、棟の部分にブルーシートがかけてあります。
地震により棟瓦が全て落ちてしまったので、とりあえず雨の進入を防ぐため、シートをかけておいたそうです。
飛ばされないよう、海から砂を取ってきて、砂袋を乗せたそうです。
こういう時なにかと役に立つブルーシートですが、ホームセンター等ではもう手に入らず、これは知人に何とか借りることができた物とのこと。
ブルーシートを購入するため、5枚で一万円という、通常では考えにくい金額を支払わざるを得なかった方もいるそうです。
屋根は、一番上にある棟瓦が全部落ち、その他何枚かの瓦が割れている状況です。
屋根の上から周りを見渡すと、あちこちに同じようにブルーシートのかかった家が。昔の工法の家屋では、棟瓦は粘土等の上に乗せられているだけで、しっかり固定されていないことが多いそうです。
みな棟瓦がやられています。
とりあえずは、破損箇所を掃除し、ビニールシートをしっかりかけなおしてゆきます。
そして、落ちた棟瓦を綺麗にし、屋根の上に整然と並べてゆきます。
最後に割れた瓦を備えのものと交換します。
地震後瓦屋さんに瓦を買いに行ったところ、瓦の在庫はすでに尽きており、修理の依頼は二年先まで予約で一杯となってしまったそうです。
家に数枚予備の瓦がありました。これが最後の瓦です。
よくみると、棟瓦以外にもひどく壊れているところが幾つかあります。棟瓦の固定もできていないのですが、修理に使う資材が手に入らないため、今の段階ではこれぐらいの作業までしかできません。
ここもやばいんじゃないでしょうか。崩れかけてます。
縁側で一休み。
いろいろ話をしましたが、出てくるのはやはり地震のことばかりです。
お茶を飲んでいる間にも、大きな地震が一回ありました。
作業は一段落したので、これから買出しに行くことにします。
※屋根を直しに行く~東日本大震災~ ① ② ③ ④ ⑤ ⑥
「たびたろう」で簡単に千葉の東日本大地震状況が見られるように、ここでまとめます
※ブログ『たびたろう』~ヒッチハイク旅VSアルコール太朗~(「一緒に一人旅を」)
からの転載です(一部修正)
ぜひ、いろんな人に「たびたろう」ブログを教えたり、自らのブログやホームページででリンクして下さい(「たびたろう」で一発検索できます)
・・・まずは、千葉県の被災状況を少しでも多くの人に知ってもらうため。そして被災地にはいけないけど、募金やお手伝いなど、ボランティアを始めた人が現場を知り、その気持ちがより長く続くため。また今、何かをしたくてもできない(わからない)人は、何ができるかを見つけるヒントとして、広めたいです。一緒にがんばりましょう!!よろしくお願いします!!
〔ブログの地震記事はココ〕
東日本大震災(主に千葉の情報をアップ) で全て見れます
(ブログテーマにリンクしてます。地震の記事は全てここに集まります)
〔地震写真をブログ記事より先に、全て公開!!〕
また、震災当日から現在までに撮ってきた千葉県の写真を
写真共有サイト「Snapfish」にて、公開中です。
見たいアルバム名をクリックして下さい。
① 地震当日・翌日・・・海浜幕張・神田外語大学など
工場爆発や液状化被害など86枚
② 3/13・・・稲毛海岸~海浜幕張~新習志野
主に液状化による被害を247枚
③ 3/19・・・新浦安~舞浜
主に液状化による被害を198枚
④ 3/20・・・旭市飯岡地区
主に大津波による被害を366枚
僕としても、ブログで全部見てもらうほうがいいのですが、今回はこのような大きな災害で、できるだけ早く、多くの人に、たくさんの状況を伝えたいという気持ちが強く、スナップフィッシュでの公開に踏み切ることにしました。
簡単な会員登録はいりますが、無料で、とても便利なサイトです。ぜひスライドショーで千葉の被害状況をご覧下さい。
〔その他〕
・また、今回の地震で大きな被害が出ている
青森~岩手~宮城~福島
の太平洋側を旅した時のブログ記事を一つのテーマとしてまとめました。
・大震災に遭った美しい太平洋側の過去記事
より、ご覧下さい。僕の愛するリアス式海岸。どのような地域が被災にあったのかを知ることも大切だと思い、ここに載せることにしました。
ぜひ、いろんな人に「たびたろう」ブログを教えたり、自らのブログやホームページででリンクして下さい(「たびたろう」で一発検索できます)
・・・まずは、千葉県の被災状況を少しでも多くの人に知ってもらうため。そして被災地にはいけないけど、募金やお手伝いなど、ボランティアを始めた人が現場を知り、その気持ちがより長く続くため。また今、何かをしたくてもできない(わからない)人は、何ができるかを見つけるヒントとして、広めたいです。一緒にがんばりましょう!!よろしくお願いします!!
〔ブログの地震記事はココ〕
東日本大震災(主に千葉の情報をアップ) で全て見れます
(ブログテーマにリンクしてます。地震の記事は全てここに集まります)
〔地震写真をブログ記事より先に、全て公開!!〕
また、震災当日から現在までに撮ってきた千葉県の写真を
写真共有サイト「Snapfish」にて、公開中です。
見たいアルバム名をクリックして下さい。
① 地震当日・翌日・・・海浜幕張・神田外語大学など
工場爆発や液状化被害など86枚
② 3/13・・・稲毛海岸~海浜幕張~新習志野
主に液状化による被害を247枚
③ 3/19・・・新浦安~舞浜
主に液状化による被害を198枚
④ 3/20・・・旭市飯岡地区
主に大津波による被害を366枚
僕としても、ブログで全部見てもらうほうがいいのですが、今回はこのような大きな災害で、できるだけ早く、多くの人に、たくさんの状況を伝えたいという気持ちが強く、スナップフィッシュでの公開に踏み切ることにしました。
簡単な会員登録はいりますが、無料で、とても便利なサイトです。ぜひスライドショーで千葉の被害状況をご覧下さい。
〔その他〕
・また、今回の地震で大きな被害が出ている
青森~岩手~宮城~福島
の太平洋側を旅した時のブログ記事を一つのテーマとしてまとめました。
・大震災に遭った美しい太平洋側の過去記事
より、ご覧下さい。僕の愛するリアス式海岸。どのような地域が被災にあったのかを知ることも大切だと思い、ここに載せることにしました。
屋根を直しに行く ~東日本大震災・茨城~ ① (すかポン)
東日本大震災。
東北関東を襲った先の地震は、各地に大きな被害を及ぼしました。
地震後、茨城の実家に電話をかけ続けたのですが、一切繋がりません。連絡がついたのは、翌日になってからでした。
被害を確認すると、けっこう大変な状況です。とりわけ屋根の損傷がひどく、一部崩れてしまい、雨が降ると雨漏りするかもしれないとのこと。
すぐに何らかの手を打つべく手伝いに行こうとしたのですが、茨城中部への交通網はすべて麻痺していました。
震災後一週間。
ようやく高速道路が水戸まで通行可能となり、高速バスが使えるようになりました。
休みを利用して、屋根を直しに茨城へと向かうことにしました。
土曜日の東京駅の高速バス乗り場。
いつもより人が多いように感じます。
普通なら水戸行きのバスに乗って、水戸から電車で実家へと向かうところです。しかし、現状では常磐線が運転を見合わせているため、勝田・東海方面へのバスを利用することにします。このバスは本来、東海の原子力機構前を終点としているのですが、地震の影響なのか勝田営業所止まりとなっています。
5割ほど席が埋まったところでバスは出発。
いつもより車が少なめの首都高。
そして、通行止めが解除されたばかりの常磐道に入ります。
順調に進み水戸に近づいていたバスが、急に速度を落とし始めました。道路前方に、通行止めのバリケードか見えます。運転手のアナウンスによると、先ほど茨城で大きな地震があり、ここから先が通行止めになるとのことです。
水戸の2つ手前、石岡小美玉ICで一般道に入ることとなってしまいました。
一般道をひた走り、バスはようやくひたちなか市街に入ります。
バスが停車していくのですが、バスは停留所に寄って停車することができません。道路左に寄って、誰も乗っていない車が長い列を作っているからです。
見えるだけでも500m以上の列。その先にはガソリンスタンドがありました。きっと明日の朝、ガソリンの販売があるのでしょう。皆車を置いて順番を取っているものと思われます。
バスは終点に到着。
ここからは、迎えに来てもらった車で実家へ。
途中でコンビニに寄りました。
水や即席麺、レトルト食品、お弁当類が少ないのは都心と同じですが、ここではお菓子類も少ないように思えました。
実家に戻り、これまでの状況を聞き、お風呂に入って就寝しました。
寝ている時、かなり大きな地震が3度ほどありました。強さや頻度も都心部に比べて大きいように感じました。自分はその度目が覚めたのですが、両親はもう慣れてしまい、気が付いたけどすぐ寝た、と言っていました。
翌日は屋根の修理に取り掛かります。
※屋根を直しに行く~東日本大震災~ ① ② ③ ④ ⑤ ⑥
東北関東を襲った先の地震は、各地に大きな被害を及ぼしました。
地震後の鶴見駅近く。
羽田から家に帰る途中だったという女子大生に「ここはどこですか?」と聞かれました。
羽田から家に帰る途中だったという女子大生に「ここはどこですか?」と聞かれました。
地震後、茨城の実家に電話をかけ続けたのですが、一切繋がりません。連絡がついたのは、翌日になってからでした。
被害を確認すると、けっこう大変な状況です。とりわけ屋根の損傷がひどく、一部崩れてしまい、雨が降ると雨漏りするかもしれないとのこと。
すぐに何らかの手を打つべく手伝いに行こうとしたのですが、茨城中部への交通網はすべて麻痺していました。
震災後一週間。
ようやく高速道路が水戸まで通行可能となり、高速バスが使えるようになりました。
休みを利用して、屋根を直しに茨城へと向かうことにしました。
土曜日の東京駅の高速バス乗り場。
いつもより人が多いように感じます。
勝田・東海方面最終バス。
普通なら水戸行きのバスに乗って、水戸から電車で実家へと向かうところです。しかし、現状では常磐線が運転を見合わせているため、勝田・東海方面へのバスを利用することにします。このバスは本来、東海の原子力機構前を終点としているのですが、地震の影響なのか勝田営業所止まりとなっています。
5割ほど席が埋まったところでバスは出発。
いつもより車が少なめの首都高。
箱崎付近。いつもは車が詰まっている場所です。
そして、通行止めが解除されたばかりの常磐道に入ります。
順調に進み水戸に近づいていたバスが、急に速度を落とし始めました。道路前方に、通行止めのバリケードか見えます。運転手のアナウンスによると、先ほど茨城で大きな地震があり、ここから先が通行止めになるとのことです。
水戸の2つ手前、石岡小美玉ICで一般道に入ることとなってしまいました。
やむを得ません。震度5の地震だったそうですが、バスの中では気がつきませんでした。
一般道をひた走り、バスはようやくひたちなか市街に入ります。
バスが停車していくのですが、バスは停留所に寄って停車することができません。道路左に寄って、誰も乗っていない車が長い列を作っているからです。
見えるだけでも500m以上の列。その先にはガソリンスタンドがありました。きっと明日の朝、ガソリンの販売があるのでしょう。皆車を置いて順番を取っているものと思われます。
最後尾は交差点の先で確認できないのですが、かなり続いている様子。
バスは終点に到着。
ここからは、迎えに来てもらった車で実家へ。
一時間ほど遅れて到着しました。
途中でコンビニに寄りました。
水や即席麺、レトルト食品、お弁当類が少ないのは都心と同じですが、ここではお菓子類も少ないように思えました。
カップ麺の棚。
お弁当・お惣菜はありません。
実家に戻り、これまでの状況を聞き、お風呂に入って就寝しました。
寝ている時、かなり大きな地震が3度ほどありました。強さや頻度も都心部に比べて大きいように感じました。自分はその度目が覚めたのですが、両親はもう慣れてしまい、気が付いたけどすぐ寝た、と言っていました。
翌日は屋根の修理に取り掛かります。
※屋根を直しに行く~東日本大震災~ ① ② ③ ④ ⑤ ⑥








































