1年前は家の中で雨を楽しみましたが、今年は外出してみました。

1年前の今日も雨が降ったようです。ちなみに去年は土曜日でした。

今日は妻と10時発で買い物に行くと決めていて、10分遅れで出発しました。

目的地は車で1時間ちょっとの山間の牧場で、そこでは全国的に有名なチーズを作っていて、全国の飲食店から高く評価されていて、ネット販売でも売り切れ状態が続いています。そしてなんと少量だけ農場で直販しています。いつもお店が開いているわけではなく、売り切れの時もあります。

今日はカマンベールとフレッシュとリコッタを買いました。リコッタはなんと半額でした。作って4日経っていて賞味期限が近いという理由でした。妻が半額の表示を目ざとく見つけて買い足しました。

 

昼食は以前から気になっていた蕎麦屋さんで摂りました。

昔の大庄屋の家をそば屋に使っているところでした。そばは腰がありなめらかでつやがありおいしくいただきました。

妻は野菜天ぶらざるで私は鶏ざるそばでした。鴨を鶏に変えていて熱いつゆで冷たいそばをいただくものでした。満足。

 

さらに地元の酒蔵によってお気に入りの新酒を1升買いました。

妻とちびちびやろうと思います。

 

買い物しながら雨を楽しんだ今年の1月23日でした。

 

ピリッとした土曜日がどんなものかよくわかりませんが、今日はだらだらと終わりつつあります。

時系列になどるとこうです。朝、母を病院に連れていくためにいつもより少しだけ早く起きました。膝に溜まった水を抜いてもらい奇跡的(?)に自力歩行ができるようになった母はちゃんと起きて朝食をとっていました。車の乗り降りも問題なく、自力で透析室へ向かいました。

 

朝食後、珍しく仕事上の電話があり対応しました。この辺がだらんとした感じをかもしているのかもしれません。

母を迎えに再び病院へ行き、昼食後密に気を付けながら、久しぶりにゴルフ練習場へ行きました。150球ほど打ちましたが、打球が青い空と白い雲に紛れてよく見えませんでした。もやもやがもう1つここで生まれた可能性があります。

帰りに夕食の肉を買い、洗車して夕方を迎えました。

この間歩いた歩数は約2千歩、頭がシャキッとしていません。

 

極めつけは今夜19時から地域内の工事の説明会があることです。

特に意見はありませんが、出席を求められたのでいやいや行きます。

最もピリッとしない理由はこの説明会への出席であることは間違いありません。

夕食は久しぶりのステーキなのに・・・。早く終わってお酒を飲みたいと心から思う私です。

 

またお会いします。

 

 

 

 

司馬作品を読み始めて結構な月日が経ちます。読み進むにつれ、読んでない作品が減ってきました。「義経」はあまりにべたな感じがして後回しにしていましたが、読んでみたら面白く、(下)はほとんど一気に読みました。

作品の中でのキャラ分けが明確であり、「戦の天才」にして「平時の状況把握ができない天下の好色家」主人公義経、義経の補佐として地味な存在の弁慶、義経を恐れつつ最大限に利用する冷徹な兄 頼朝、天下の行方を見定めることに汲々とし、振り回し、振りまわされる公家たち、ハチャメチャ木曽義仲、かき回し続ける策士行家などです。

奇跡の鵯越(ひよどりごえ)や屋島の合戦、壇ノ浦の戦いのくだりの表現は見事で、目の前戦いが繰り広げられているようで圧倒されました。

もっと早く読んだらよかったと思った次第です。

司馬作品次は何を読みましょうか。

 

 

 

 

 

昨日朝、病院から電話があり、母の退院が決まりました。

透析日でいつもより遅く終わるので13時に迎えという説明がありました。

着替えを用意して迎えに行きましたが、想像していたより元気な感じで病室から出てきました。10日間の入院でしたが、迎えの時は病室のある階まで行くことができました。

病院の厳密な透析食に飽いたと思い、退院祝いに何が食べたいか聞くと「刺身」と即座に答えたので妻と買いに行きました。

夕刻となりウニや大トロが入ったお刺身セットと中トロがいい状態ながら、値引きされていたのでお祝いで買いました。

母がぺろりと平らげたので安心しました。

 

私たち夫婦はお祝いだということで、いつもより10分早めに飲み始め、白ワイン、地酒を堪能しました。

妻は地酒まで付き合ってくれましたが、調子に乗った私は酎ハイからウィスキー、ブランデーと手を伸ばししたたか酔いました。

まずまず早く帰れてよかったです。

 

お知らせまで・・・・

木曜日に母が肺炎で入院しました。週3日透析に通っていますが、のどが痛く、熱があるとのことで木曜日は病院まで送りました。午前中に入院が決定し、入院準備を妻に依頼しました。

コロナ下で面会ができず、認知症の発症と足の筋肉の減少で歩行困難が危惧されます。

電話をかけましたが、母がうまくとることができず、電話を切ってしまいました。幸い看護師さんがそばにいてくれたので、様子を聞くことができましたが、安心できる状態ではないと思いました。

 

今朝、妹に母への連絡を頼み、何とか話ができたようです。始めは妹のこともピンとこなかったとのことでしたが、やがて記憶がつながり最後の方は野菜の水やりのことが気になるとのいうことだったので、ほっとしました。

明日が洗濯ものを取りに行く日なので、身の回り品で不足しているものを届けようと思います。

退院時に歩ける状態で認知も進まずにいてくれることを祈っています。

今年で89歳になる母の今後で私の生活も大きく変わる可能性があり、日々刻々気をもむ状況です。

 

またお会いします。