価値観の平準化 | タバスコマン日記

タバスコマン日記

タバスコマンの由来は、ピザを頼んだ喫茶店で、ピザと一緒にできたタバスコを初めて見て、何も分からずざぼざぼかけたことからです。
タバスコ初体験、19歳の衝撃でした。あれから45年以上、私はずっとタバスコマンです。趣味はそば打ちです。元そば職人です。

昨日に続いて価値観について考えていきたいと思います。

おっと昨日は価値観について考えたのではなく、価値観につながるフレーズを考えただけでしたね。

「価値観が多様化する」ということはなんとなく理解できます。

情報は氾濫し、受けてであった「大衆」と呼ばれる層はインターネットを手にすることにより、情報を発信し、交流する「個」となりました。

そこには以前だったら、「変わり者」あるいは「マニアック」または「物好き」そして「変態」、「へんこつ」と呼ばれる人たちの連携を可能にし、「個」のマイナーな楽しみを共感の場にし、「つながってるぜ感」を生み出しました。

マイナーな「個」は情報を交換し、孤独感からの開放を体験するに至りました。

時折、新し物、変わり者ずきの人々、時にそれはマスを対象にするメディアの目にとまり、急激にいわゆる「メジャー化」することもあるわけです。


そこに生まれる認知された情報の束は、限りなく多様化の道をたどると考えるのが普通ですが、マイナーなものがメジャー化するのにもおのずと限界があり、スポットライトが一巡すると、そこには価値観の平準化が待っているのではないかと言うのが私の考えです。

たとえばソフトなエログロはメジャー化が可能でしょうが、眼をそむけたくなる様なエログロはマイナーなままであり続けるでしょう。

多様化の行き着く先は平準化であるというめずらしくもない結論になりました。

お笑いください。


またお会いします。