田中正造の話は日本史でちょろっと習いました。国会議員を6期続けていた政治家が、銅山の鉱毒に悩まされている農民を助けようと、職を捨て、財産を投げ打ち、先頭に立って国をはじめとする権力と戦う姿を描いています。
昔はというのがいいのか、昔も今もというのがいいのか、権力は決定事項に対して冷酷です。これは本文にも記述がありました。どうしても、やり遂げようとします。この場合は農民の立ち退きがそれです。正造なきあとも、いろんな手で、脅したり、わなをしかれたり、因縁つけたりしています。
物語は正造の死後、県、国がやった悪行の数々が記録されており、どんどん状況が悪化する中でも、団結し、嘘を見抜き村を捨てない人々の強さ、けなげさが描かれています。
物語は、県にだまされ、村の代表が逮捕される直前で終わります。タイトルどおり田中正造の人物と、銅山事件の理不尽さがとつとつと語られたこの物語を、過去の話とせず、現在、正当な理由で権力と戦っている人々のエールとして、読みたいと大それたことを考えたしだいです。
権力をつかさどる人々は、権力につながることを常に恐れ、細心の注意を払い、日々刻々、行動していかなければなりません。
無償で農民側の弁護を続けた弁護士には、頭が下がります。今そんな弁護士は存在するのでしょうか。その前に、すべてを投げ打って、誰かを助けようと奔走する人がいるのでしょうか。