種まきたばちゃん――――この指とまれ -36ページ目

種まきたばちゃん――――この指とまれ

いろんなことにアンテナを張って皆さんに情報発信、共有できたらいいなと思います。よろしくお願いします。

         全く他人ごとではありません



家族が海外で仕事をされていたり、留学などされている方にとっては昨日のアルジェリアの事件は衝撃的でしたね。



うちも主人が何度か海外へ仕事で行くことがあるので全く他人ごとではありません。これまでに韓国、中国、ロシア、マレーシア、サウジアラビア、オマーン、アメリカなどに行っています。



プラント関係ではありませんが、輸出された機械の立ち上げなどで行っています。

行く国によっては心配な地域もあります。



特に中東は政情不安定なことが多いので、初めてサウジアラビアに行ったときは友達にも「そのうちドンパチ始まっちゃうんじゃないの?」と言われたこともあります。



この時は本当に「クェート進攻」が始まってしまいました。2か月程の出張でしたが、帰ってくる直前にこのような事態になりました。日本では随分心配していましたが、本人はいったってのんびりでしたが。



紅海側は確かに緊迫していても、主人のいたペルシャ湾側は全くそんな様子もなかったそうです。紅海側とペルシャ湾側では飛行機で4時間くらい離れているのだそうです。



今回の事でもご家族は本当にご心配なこととお察しします。



空も海も繋がっているのだから、どこで何があっても無関係ではいられません。



グローバルに経済や人々の交流がなされているのだから、私たちの関心もグローバルにして、広い視野からいろんなことを考えていくことが求められていると思うのです。












         昨日、偶然、TVで見ました!



昔から、運動部や体育会系活動ではしごきや先輩に対する無理な迎合などあって、私はだから体育系があまり好きではありませんでした。

子供も「体育会系の雰囲気が好きでないから」とあえてその高校の上の大学を選ばず、違うところに行ったくらいです。



先日の大阪での体罰問題は、やはり限度を超えているし、亡くなった生徒がどんだけ苦しんでいたかと思うと、本当に悲しく辛い事件だと思います。


私は昨年、この問題で通報したのは、この生徒自身じゃなかったんだろうか?と思ってしまいます。もしくは、この生徒から相談を受けた人かも。


また、親にも相談していて、親から顧問への電話もされたそうです。



この生徒はこんなにもSOSを出していたのです。

きっと周りの大人たちへの不信感と絶望感で耐えられなくなったんだと思うのです。



そんななか、桑田さんが自分の経験も踏まえ、体罰についてコメントされるのをTVで見ました。

ああいう立場の方がそのようなコメントをされることはとても勇気のいることだと思うのです。

あえてそのようなコメントをされる桑田さんをとても尊敬します。

          休憩で寄った喫茶店のTVに尾木ママが



昨日はちょっとお疲れモードでした。夜行バスの疲れもあったと思うし、前日、出張から帰ってきた主人の帰りが遅かったので睡眠不足でした。夕方「会社に戻ってきた」と言っていたのに、ちっとも帰ってこないので電話するとまだまだ遅くなると言っていました。


結局、帰ってきたのは1時過ぎだったと思います。九州に10日あまりも出張で疲れていたと思うのですが、社内で後輩の仕事のアドバイスを頼まれたそうです。納期に追われると時間も関係ないので大変です。



そんな訳でお歳暮解体セールに行こうと思ったのに行く元気がなく、ついつい喫茶店に行ってしまいました。ちょうどニュース番組をやっていて、尾木ママが岐阜県の可児市に第三者委員会の催しの一環で、中学生と語る会に参加しているニュースをやっていました。


可児市といえば、3年ほど前に、女生徒に対し、ひどいいじめがあったところとして全国に知られることになった所です。でも、私は可児市はすごいな、とこのニュースを見て思いました。


事実をちゃんと認めて、そこから学び、生かしていこうという姿勢がとてもあると感じたのです。

今の教育現場は、事実を事実として認めようとしない、そのことが大きな弊害になっていると感じます。大津の事件も、先ごろの大阪の事件もそうです。また、表に出てきてない、多くの学校現場での様々な問題もそうです。



学校の中で起きたことであってもそれが治外法権のように事実が葬り去られるのは全くおかしいことです。むしろ、どんな些細なことからも学んで、教育的に生かしていくことが求められるはずです。


事実を覆い隠そうとすることは、当事者だけでなく、その学校の生徒全員を傷つけると等しいことであることを現場はもっと真剣に考える必要があるのではないでしょうか?


問題が無いことをよし、とするのではなく、どんな小さな問題からもそれを全体の問題として考えていくことが大切であると痛感します。