種まきたばちゃん――――この指とまれ -20ページ目

種まきたばちゃん――――この指とまれ

いろんなことにアンテナを張って皆さんに情報発信、共有できたらいいなと思います。よろしくお願いします。

       国立民族科学館(大阪、万博記念公園内)で

                             11月5日まで



この間、県の美術館に行ったときに、見たちらしに面白そうなものがありました。



長く苦しい内戦の結果、国内に残った武器を一掃する、素晴らしいプロジェクトです。



アフリカの多くの国は独立する際に、悲しいことに内戦が起こることがしばしばあります。


モザンビークもそうでした。


20年近くも内戦が続きました。


長く苦しい内戦を経て、独立を果たしましたが、その時も沢山の武器が国内に取り残されたままでした。


ある時、この武器の処分をどうするか?


ということになった時、素晴らしいプロジェクトが持ち上がったのです。



武器を農具と交換し、集まった武器を解体したのち、その一部はアートにしてしまおう、というのです。


武器を農具に換える、ということもいいと思いました。



たまたま大阪に行くチャンスがあったので、先日、行ってきました。


写真もOKだったので、撮ってきたのですが、ちょっとしたアクシデントがあって消えてしまい、残念です。


本当は、この記事に載せたかったのですが・・・・・



パネルやビデオでいろいろ紹介もされていてなかなか見ごたえのある展示がされていました。


機会がありましたら、是非、ご覧下さい。


        主人と娘と一緒に観てきました!


       名古屋シネマテーク (今池)で今週金曜日まで



今日は1日で映画が1000円で観れます。(毎月1日は映画の日なので)


かの有名な「黒部の太陽」をやっているのをこの間、新聞で知ったので、行ってきました。


今年に入ってTVでもやっていましたが、大きなスクリーンで観たいと思っていってきました。



この映画は映画界のルールであった五社協定を破るものであったため、製作は困難を極め、配給もなかなか難しく、長らくの間、再上映が難しかった作品として知られています。


今年は「黒部渓谷」が完成して50周年の記念すべき年でもあり、各地で上映されることもあるようです。



今日、この映画を全編見ることができ、本当に良かったと思いました。


それと同時に、TVなどで時間の都合でカットされたバージョンだけを観る危険を改めて痛感しました。



この作品は3時間以上の長編で、様々な人間模様や戦時中、軍の強制力の中で、過酷な労働を強いられてできた、「黒三ダム」のことにも触れられているし、「黒三」と「黒四」の対比も監督の大きな意図であろうと思われました。



また、登場人物の親子関係、家族関係の描き方にもそれを感じました。



TVで映画番組を観ることはよくあるとは思うのですが、それを観てその作品を観たことになることは、その作品の真意をくみ取れない、ひいては作品の奥深さを感じ取れない危険を常にはらんでいることになります。



時間の都合もあって仕方がないのかもしれませんが、カットされている場面が非常に重要な要素を含んでいることもあることを、かって「ふるさと」をTVで観たときに痛感しました。


この映画の監督、神山征二郎監督と後日、お話する機会があってそのことをお話したことがありました。


そのカットされた場面は、おじいちゃんと孫との交流のきっかけとなる、釣りの道具を孫が買いに行く場面でした。


そのお店の人の役で出ていた田中邦衛は、その場面がカットされていたことをとても残念がって監督に話されていたそうです。


そう、私にお話してくださいました。

         

           とても見ごたえがありました!



先日、息子に頼まれて「ムーンライトながら」の指定券を買っていたのですが、仕事の都合で行けなくなってしまい、代わりに私が行くことになりました。


夜行でしかもその日のうちに名古屋に帰る、というかなりの強行軍でしたが、そんなことはささいなことです。


もう、どこか行けるのがうれしくて、「さて、どこにいこうかな?」とすっかりお出かけモードに入ります。



8月の初めに、御殿場に行ったのですが、その時に残念ながら富士山が半分しか見えなかったので、今度は富士五湖方面から攻めてみようと思い立ちました。



4時40分着の横浜で降りて、八王子に抜け、大月から富士急で「富士山」駅に。



バスの周遊パスを買って、北口本宮浅間神社、富士山レーダー館を経て、川口湖畔の久保田一竹美術館(染色家の)を見て、河口湖を1周する形で、西湖、精進湖、本栖湖経由。


風穴と氷穴を見て富士宮駅に。


富士駅に電車で出て、東海道線で帰りました。


距離があるので「静岡」から「名古屋」は新幹線にしました。



富士山レーダー館は、長らく富士山頂の測候所にあったレーダードームをそのまま見学できるもので、富士吉田の道の駅のそばにあります。


富士山にレーダードームを設置することは想像以上に大変な作業で、風にあおられてなかなか思うように作業が進まなくて大変だったようです。



この時の実際の貴重な映像も観れます。


また、山頂の寒さを体験できる装置もあります。


また、山岳小説で知られる新田次郎が富士山レーダーが計画された時の関係部署のリーダーであったことを初めて知りました。


今回、富士山に行く前に新田次郎の「強力伝」と「富士山頂」をアマゾンで買って読み読み行こうと持っていきました。



「強力伝」は昔、劇画で読んですごく印象に残っていました。



富士山に行かれることがあったら、是非、この富士山レーダー館に寄られることをお勧めします。


新田次郎が関係者であることもあって、新田次郎のコーナーもあり、かなり詳しく展示されています。


その近くに、歴史資料館もあり、富士信仰と人々とのかかわりなどについても詳しく知れるので、ここもおすすめです。



今回、時間の都合で「ふじやま温泉」ときみまろカフェに寄れなくてとても残念でしたが、またいつか行けたら行きたいな、と思っています。