オノ・ヨーコの夢を見たので思いきって
武道館での一体感とオノ・ヨーコのパワーに感動!
先月、夢でオノ・ヨーコと話していて、オノ・ヨーコが私に手紙を書いてくれると言っている夢を見たんです。
私は1998年、喜納昌吉(「泣きなさーい、笑いなさーい」の「花」を作詞作曲された)の平和とネイティブアメリカンのスピリットをテーマとしたイベントに参加し、知る人ぞ知る、イロコイ連邦を訪ねたことがあります。
この時、私は愛知県の北設楽郡にある、黄楊野(つげの)高校(一昨年、火災で生徒が亡くなった)の文化祭で喜納さんの企画を知ったことがきっかけで、参加することになりました。
4人の子どもがいて、下の子はまだ保育園に行っていましたが、主人の理解と協力があってこの貴重な経験をすることができました。
また、友人の協力もあって、保育園から友人の子どもとうちの子を迎えにいってくれて、主人がその友人の家に子どもを迎えにいく、という体制をとってくれたおかげです。
このイベントの先発隊はサンフランシスコから、ネイティブアメリカンの居留地を訪ねながら、バスでニューヨークをめざし、私たち、後発隊はニューヨークで合流、国連を訪ね、イロコイ連邦のネイティブアメリカンの方々と交流するというものでした。
この企画に私は無謀にも一人で申し込んで、当日、成田空港に行くまで、どんな人たちがこの企画に参加しているのか、全く知らないままでした。
でも、不思議な連帯感があり、誰とでも打ち解けあって時が忘れるくらい語り明かしていました。
来ている人がそれぞれとてもユニーク、かつ有意義な活動をされていて、どの人の話を聞いていてもとても参考になりました。
5日くらい行っていましたが、この間に寝ていたのは、一日、4時間程度です。
また、12月8日、たまたま、私たちはニューヨークにいました。(計画されていたかも知れません)
なので、皆でダコタハウスに行きました。
セントラルパークでは大勢の人が追悼の集会をやっていたし、ダコタハウス前も大勢の人が祈りをささげていました。
オノ・ヨーコとそんな話をしていたのです。
そんなことが何か気になって、思いきって一人で武道館に行ってきました。
やっぱりすごいです。
いろんな意味で。
「一人で見る夢はただの夢、
みんなで見る夢は実現する」
オノ・ヨーコ
今、いろんな問題が山積みとなって私たちに迫っていますが、そのことはとりもなおさず、私たちの生き方が問われているのだと思うのです。
自然の叡智に学ぶことが今ほど大切になってきている時代はないのだ、と痛感しています。