上島嘉郎氏著「反日メディアの正体」より要約や印象に残ったところの紹介⑦
戦後の占領政策によって、日本国民は戦前の日本との連続性を断ち切られてしまった。
その結果として自分たちが何を失ったのかということすら、わからなくなっている。
「蛍の光」や「大東亜戦争」、「八紘一宇」という言葉などが削り取られてしまって、もう戻ってはこない。
戦前の人たちがどんな思いで日本を愛し、日本を誇りに思い、日本を守ろうとしたのか、今の日本国民の大部分は全く理解できなくなってしまった。
「戦前の日本」についての真実を、学校で教える先生はいないし、真実を知らない知識人たちは話題にもせず、メディアで報じられることもない。
例えば、米映画「硫黄島からの手紙」にも描かれた栗林忠道中将という人物が、実際どういう人であったのか。
この軍人は「ことに臨んで責任を全うした」という意味において、大変「立派」であったと、本の著者は中学時代に中将と同郷の社会科の先生から教わったという。
筆者の場合も、先の戦争(大東亜戦争)において日本は侵略戦争をして植民地支配したと書き立てるメディアの姿勢に対して、それが偏った報道だと気づけたことで、それまで植え付けられていた自虐史観から抜け出せることができた。
占領から70年以上も経った現在でも、相変わらず地上波のテレビなど主要メディアは、8月の終戦日に近づくとお詫びの特集を組んで日本国民の洗脳に加担し続けている。
そもそも、この先ずっと謝罪し続けなければならないような極悪非道を、我が父祖たちが本当に犯したのであろうか。
問題の根本は、「歴史の真実」は何かということである。
大東亜戦争を断罪した東京裁判を受け入れたのだから、その裁判で示された歴史観も背負って歩まなければならないという考えは、GHQが「WGIP」によって刷り込もうとしたそのものである。
父祖の名誉のためにも、未来の子どもたちの可能性のためにも、事実と異なることには断固として「NO」と言わなければならない。
厳密には東京裁判の諸判決を受け入れただけであって、私たちに押し付けようとした歴史観や歴史認識を受け入れたわけでは決してない。
戦後、GHQは日本に対し統制と検閲を通して作り上げた体制下で、日本人をいかなる存在に仕立て上げたのか。
それについては、入江隆則氏の著書「敗者の戦後」で、実に的確に述べられている。
「真に脅威を取り除くには、敗戦国民の精神に自分たちの過去への嫌悪の念を植え付けると同時に、一般への忌避の気持ちを育て、しかもそれが勝者の戦後処理の政策として押し付けられたのではなく、敗者の自発的選択として為されたようにする」
「勝者への復讐心を取り除くためには、勝者は敗者に対して寛大だという印象を与え、思想改造を強制する場合もそれが勝者による強制だという印象を薄めて敗戦国民の自発的な自己批判の形をとらせるのがよい」
「戦勝国から強制されたとなれば、占領の終結と同時に元に戻ってしまうが、自発的変身だと信じ込ませておけば、より長期的な効果が期待できるからである」
「こうした精神的武装解除がかつてなかったほど、巧妙に実施された典型的な例が日本の戦後である」
敗戦後、日本は実に見事に米国の罠に「はまり」、今なお大半の日本人が「はめられた」ことさえ知らず「はまり」続けているのが現状である。