我々にとって神社や寺院はすごく身近な存在ですが、
建築学的な見方のできる人って案外少ないものです。

・・・・・・ということもあって(笑)

JIA徳島地域会では9月の例会に森兼三郎 さんを招いて、
「寺院建築の見方」のレクチャーを受けることになりました。
誰でも参加OKのオープンな勉強会になりますので、
興味のある方はお気軽にご参加ください。

森兼さんはいま徳島大学の開放実践センター で、
古建築鑑賞と探訪-寺院建築の全容- 」の講座を持っておられます。
その最後の講座は嬉しいことに、9月30日(水)に塾生たちと
県外研修(東大寺・法隆寺)日帰りツアーを行うとのことなので、
我々もちゃっかりそれに便乗して、貸切バスの後ろを付いて回り、
現物レクチャーまで受けようと欲張りなことを考えています。

仏教建築の根源飛鳥様式や特異な工法の大仏様式を
目の当たりにして、建築観が変わるかも・・・・・(笑)
仲間たちと乗り合わせて、皆さん一緒に行きましょう。


●勉強会「寺院建築の見方」

  講師/森兼三郎(古建築等調査研究会代表)
  日時/9月25日(金)PM7:00~
  場所/ラ・パルマ2階(徳島市沖の浜)
  申込先/JIA徳島地域会uch@uchnet.net 内野設計内)
  ※人数把握のため、参加者は23日(水)までにメールで申し込んで下さい。
  ※参加無料ですが、飲食代は各自ご負担願います。


●県外研修ツアー「奈良(東大寺・法隆寺)探訪」

  案内講師/森兼三郎(古建築等調査研究会代表)
  日時/9月30日(水)AM6:00頃出発(日帰り)
  集合場所/未定(決まり次第、連絡します)
  申込先/JIA徳島地域会uch@uchnet.net 内野設計内)
  ※人数把握のため、参加者は28日(月)までにメールで申し込んで下さい。
  ※参加無料ですが、高速道路代等は各自ご負担願います。


(S.Tomita)

徳島町の現場ももうあと少しになりました。
中庭に面したリビングは一部吹き抜けており、
階段室とを仕切る壁面は一階の床から二階の天井まで、
コンクリートと木の格子の組合せにしています。

090915-1リビング吹抜け






















格子の見付60ミリに対し隙間は30ミリ。
こぼれ陽のように優しい光が階段室をゆるく照らしてくれます。

090915-2階段室側






















(S.Tomita)

先日、トバッチ から訊かれた「榎瀬の家 」の天井鉄骨フレームの色。

 ▼天井施工前                    ▼天井施工後
2009.6.10撮影 2009.6.23撮影








施工前と後で違っているように見えますが、
実は当初のベージュの色そのままなんです。
設計段階では白色に塗り替えようと考えていたのですが、
予算が合わず、真っ先に割愛した部分です。
この色でも大丈夫と咄嗟に判断したのですが、
出来上がって見ると、これしかないというほど上手く納まってくれていました。

2009.8.20-1幸田さん撮影











ウッチー がこの家のことを、
「親鳥の羽根で ばさっと守られている巣」と嬉しい表現をしてくれました。
切り妻では出せない寄せ棟の包み込むようなカタチ・・・
それを胎内感とも言っていました。

その言葉を聞いて真っ先に思い出したのが、
宮脇檀のデビュー作「もうびいでぃっく 」でした。
屋根の下のほぼ中央にせり出し舞台のように突き上がった二階の寝室が、
きっと母に抱かれたような安らぎを感じる場所だとずっと思い続けていました。
幼い頃、高い熱が出るたびに、何十畳もある大広間の片隅で
たった一人寝ている夢を見ていたことを思い出します。

2009.8.20-2幸田さん撮影




























ベージュ色の鉄骨フレームやいつもなら鬱陶しいはずのブレースが、
血肉かよう人肌を連想させるのか、親鳥の羽根に見えてくるから不思議です。

建物のタイトルを変えることにしました(笑)
「親鳥の羽根に抱かれた家」と・・・・・・

(S.Tomita)
9月6日のuchブログ に書かれていた「 人しずくコンサート”秋”
聴きに行けなかったが、そこに初めて目にする「母賛歌」という歌。
少し気になって調べてみたら・・・・・・ YouTubeにありました。

  泣ける歌 Metis 1   泣ける歌 Metis 2

脳梗塞で左半身不随になっている母のことを思い出したり、
もう泣けて泣けて・・・・・・
なかなか言えない母への感謝の言葉。
言える勇気を一杯もらったような気がします。

こんないい歌に巡り合えたのは、uchのお陰です。
いつの日か、ゆかりさんの声で聴かせてもらうのを楽しみにしています。

  母賛歌の歌詞

(S.Tomita)

1月から取り掛かっていた「徳島町の家」の足場が今日外れました。
冷たい素材と温かい素材の組合せで西側のファサードを構成しています。
日除けを兼ねた木製ルーバーが適度なプライバシーを保ってくれます。


090908
















構造は耐火建築物が強いられる防火地域内ということで鉄筋コンクリート。
構造の基準は一昔前とは比べものにならないほど厳しくなりました。
規模は2階建てですが、ソイルセメントコラム工法 による
本格的な地盤改良工事を行っています。
内部は「街中の住まい」の定石通り、コートを囲むプランなっています。
ちょっと楽しい仕掛けも取り込んでいますので、
いい写真が撮れれば、またアップさせていただきます。

(S.Tomita)

●お知らせ

5月にNHK番組ワンダー×ワンダーで放映された
「西本願寺御影堂の大修復」がまた違った編集で、
明日の夜、BSハイビジョンで放送されます。


ハイビジョン特集
世界遺産 西本願寺 10年大修復を追う

「前編 巨大建築への挑戦」
 9/05() PM08:30-09:59  
 9/11(金) PM10:30-11:59(再)

「後編 よみがえる美の殿堂」
 9/12(土)PM08:30-09:59


(S.Tomita)

「徳島で一番好きな建物は・・・」と聞かれたら、
きっと間髪入れずに 川俣の農村舞台 と答えるだろう。

020616川俣農村舞台-01

川俣の舞台との出会いは昭和63年(1988)夏に催された
阿波学会学術調査(旧上那賀町)の時まで遡ります。
礫(つぶて)神社境内の杉木立の中にひっそりと佇む舞台を見つけた時、
その美しさに調査メンバーすべてが虜になってしまいました。
トタン葺きの素朴な造りであることや、
行き届いた維持管理のせいだったのだろうか、
現代建築が無くしてしまったコミュニティーの香りを色濃く漂わせていました。

「使われることなく朽ち果てて行くのは余りにも悲しすぎる」

そんな思いが人から人へと伝わり、平成3年(1991)12月7日、
40年ぶりの復活公演にこぎ着けることができました。

020616川俣農村舞台-02 020616川俣農村舞台-04
 ▲舞台拡張の装置(蔀帳:ぶちょう)を下しているところ
020616川俣農村舞台-05
 ▲蔀帳を下したところ

あれからもうはや18年が過ぎ去り、
すっかり忘れていた今春に、当時の調査仲間の森兼さん
阿波人形浄瑠璃研究会 青年座 の小原さんがやってきて、
今秋、川俣農村舞台で復活公演が催されることを教えてくれました。

020616川俣農村舞台-06

020616川俣農村舞台-07

川俣には泥絵具で描かれた見応えのある襖絵が数多く残されていました。
その貴重な襖絵を阿波のまちなみ研究会 の仲間らと
恐さ知らずで操った「襖からくり」が懐かしく思い出されます。

今度は桟敷からじっくり見させていただけるとのこと。
とても楽しみです。

(註1)川俣農村舞台復活公演の案内
(註2)徳島新聞記事「川俣 18年ぶり復活へ結束」


(S.Tomita)

先週の 「美の巨人たち 」 は、山田守 の 「日本武道館 」 でした。
前回の前川國男邸に負けず劣らず大層見応えがありました。

「日本武道館」ホームページより
                             ▲「日本武道館」ホームページより

氏の建築の魅力は、京都タワーや長沢浄水場などに見られる
曲線や曲面で構成する斬新で細やかなデザイン手法にあると思っていたので、
武骨で古くさく見える武道館とはどうしても結び付きませんでした。

柔道がオリンピックの正式競技として認められ、
初めての会場となる武道館の設計を任された氏は、
日本の古建築を重ね合わせるかのように
ストレートにそのカタチをモチーフにして創っていきます。
同時期に建てられた京都タワーとは、到底同じ設計者とは思えないほど、
両極にある建築に挑んだのです。

富士山の稜線に合わせたという屋根の頂上に、
社寺建築の常套手段である擬宝珠をそのまま置いているのには、
設計者としてもっと違った表現がなかったのかと考え込んでしまいますが、
その分かりやすさが日本武道の精神を世界中の人に伝えることになり、
地元では 「玉ねぎ」 と呼ばれ、多くの人に愛されてきたのです。
氏はそれを設計当初から見通していたのだと思います。

「メタファーなカタチにこそ奥深いものがある」 としか考えられない頭では、
この建築の良さはいつまで経っても見えません。
もう10年近く前だったか、熱海でのJIAリフレッシュセミナーで、藤森照信氏の
「モダニズム建築の功罪」 という講演での言葉を思い出してしまいました。

   モダニズム建築の罪のほうは、一般社会と建築界の
   評価するものが全く違ってしまったことです


設計者が陥りそうな美の罠がモダニズム建築の中に潜んでいるように思われてきます。
説明しないと分からない建築ほど実は底が浅いのかも知れませんね。
もし武道館がストレートな表現でなかったら、
あの名曲 「大きな玉ねぎの下で 」 も生まれてなかったのですから・・・・・

日本武道館の設計手法


(S.Tomita)

昨日、スタッフmと車中で、先週「美の巨人たち 」で放映された
巨匠・前川國男 の自邸(1942年竣工)が話題になった。

私の生まれる以前に建てられた住宅で、
親子ほど違うスタッフとコミュニケーションが取れるのだから、
名建築はやっぱりいいですね。

前川國男自邸














 ▲江戸東京たてもの園より転載

氏を一言でいうと「人のために建築は何が出来るのかを追い続けた人」になるのかな。
前川作品と言わなければ気付かないぐらい、
大人しいデザインの建築が多いのを見てもそれは分かる。

そう言えば、10月1日から始まるJIAの京都大会の会場は、
幸いにも前川氏設計の京都会館 (1960年竣工)である。
氏の細やかな思考の足跡をじっくり学んできたいと思う。

「美の巨人たち」のウェブサイトの取材風景の中に、
「諸事情によりカットした前川國男の言葉です」と前置きをして、
氏を端的に表すこんな一文が載っていた。

  強烈な個性の確立、それがなによりも
  今日の偉大な建築のトレードマークにされている。
  そこには、人間の精神の健康に必要な 無償の美しさ
  見る影も無い有様ではありませんか

●追伸
今週の「美の巨人たち」は 山田守 です。お見逃しなく!


(S.Tomita)