和室は明るいと落ち着かないから、暗い色の壁で仕上げることが多い。

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阿波和紙のなかではこの大すさ (AW-1045)の色合いが好きでよく使う。



(S.Tomita)

昨日の話の続きになるが、昔の家のように軒を出さないデザインの家にする場合は、
外部に使う木の面より、少し軒を出す納まりにすることを心がけている。

「母を迎える家」では玄関ポーチの入口部分も、
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母の部屋の腰掛ベンチも、
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昨日のデッキテラスの納まりと同じように、門型フレームにし杉板をへこめている。
違った素材の面がずれることでメリハリの効果も生まれてくる。

(S.Tomita)

木のデッキテラスが少しでも風雨に晒されないように壁をふかし
軒をデッキより15センチほど出している。

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こうすることで軒桁に登り梁を渡りあごで納めることができる。

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些細なことかも知れないが、これで構造は強固なものになり、
現しの柱や梁、手すりやデッキの木は随分と長持ちする。

今回は和の要素をふんだんに取り入れた住まいである。手すりは縦張りにした。

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(S.Tomita)

先週の日曜日は大安吉日、「大空と暮らす家」の建前でした。

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敷地条件から3階建て。今回も木造で出来るSE構法 を採用しました。
耐久性の高いカチオン電着塗装を施したSE金物 と品質管理の行き届いた
集成材でつくるSE構法の家は見るからに地震に強い家だと感じます。

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柱と梁が組み上がると金物は梁のスリットにスッポリ納まり
側面の丸い穴に打ち込んだドリフトピンだけしか見えないので、
構造をそのまま現すことにも向いています。

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上棟の儀式はドリフトピンを打ち込むことになりますが、
今回はご夫婦揃って参加していただきました。

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SE構法は阪神淡路大震災がきっかけで生まれました。
被災地の惨状を見て、「構造計算に裏打ちされた強い木造の家を造らなければ」
との思いで立ち上った構造建築家の播繁(ばん・しげる) さん。
→ SE構法誕生の背景

建前のたびに播さんの熱い思いが伝わって来ます。


(S.Tomita)

日本には美しい四字熟語が多くある。
二つのものの関係が深すぎもせず離れすぎもしないことを「不即不離」というが、
住まいの設計で二世帯住宅を考える時、この言葉が大きく頭をもたげてくる。

29日に見学会を催す「母を迎える家」は文字通り、
県外で一人住む母を呼び寄せるための家である。
歓迎の気持をカタチに表わすことと、
つかず離れずのほどよい間をつくり出すことが求められた。

結果は来てのお楽しみ。ご来場をお待ちしています。

→ アークホーム本田社長の施工屋日誌


(S.Tomita)
『母を迎える家』 見学会のお知らせ

母を迎える家

日時/4月29日(祝)・午前10時~・午後2時~
場所/徳島市佐古六番町
申込先/ASJ徳島スタジオ(株式会社アークホーム)
      TEL.088-663-4678、0120-997-315

完全予約制になっていますので事前の申し込みが必要です。
お気軽にお申し込み下さい。

詳細はこちらです → 建築家が考えた家


(S.Tomita)

東日本大震災が起こってからこのかたずっと落ち込んでいる。
いまなお増え続ける亡くなられた人の数や終息の糸口すら掴めない原発問題。
未だ見るに堪えない惨状の光景に被災者のことを思うと、
我が現場のことを抜け抜けと書く気にもなれずにいた。
(施主に報告するための現場監理ブログは書いているが)

その間に「中洲町コートハウス」の足場が外れ、
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「展望階段の家」も今週火曜日に外れ、もうすぐ新しい暮らしが始まる。
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自然は時として人間の想像をはるかに超える猛威を奮ってきた。
近世まではそれに服従するしかなすすべはなかったが、
近現代は技術の進化でそれを克服できると考える人が多くなった。

原発の是非についてはこれから大きく取り上げられて欲しいが、
人間の技術を崇拝する者はこれだけの事故が起きても変わることがないのだろう。

技術の進歩の裏返しで痛み付けられてきた自然。
世界のいたるところで異常現象が起こっている。
敬う心や信仰心を亡くした人間の英知には恐怖を感じる。

石原都知事の「天罰発言」は非難を浴びたが、
親を敬う心、自然の恵みに感謝する心を亡くした日本人を憂いた気持が
この言葉になったのだろう。
人間の奢りに対する戒めである。

(S.Tomita)

東日本大震災から一週間、ネットやテレビで次から次へと映し出される
被災地の変わり果てた光景に言葉を失っている。
家や土地はズタズタになっても命さえあれば、きっとしあわせは戻って来る。
そう信じて今は行方不明の人たちが一人でも多く生きていることを願っている。

阪神大震災の時、震度7にも耐えると自負していた高速道路がドミノのように倒れたが、
今回も日本一を誇っていた岩手県宮古市田老町の防潮堤 が、
予想を超える大津波に呑み込まれ人々を救うことができなかった。

そしていま何よりも深刻なのは、福島第一原発事故の行方である。
原発を造るノウハウや技術はいま日本が世界一だと思うが、
この力を持ってしても、今回のような事態は想定していなかったのだ。
原発主導の電力に頼らなければならない日本の現状があることは否めないが、
一旦危険に晒されると人の手に負えないものを使っている原発の脅威を
改めて思い知らされる。
放射能の怖さを世界で一番よく知っているのは日本人なのではないのか。
この事故を教訓に原発の怖さを一人ひとりが改めて考え直すきっかけになれば嬉しい。

この震災で命を絶たれた多くの人たちのご冥福を祈ります。


追伸
18年前、原発反対運動をしていた建築主が四国電力払い下げの
ソーラーパネルを安く手に入れて、完成した社屋の屋上に一緒に設置した。
当時は売電システムがなかったので、バッテリーを置き蓄えて使っていた。
原発反対への小さなのろしだった13枚の中古パネル。
先日、久し振りに見た時、当時の熱い気持ちがよみがえってきた。

4 向井ビルの太陽光発電


(S.Tomita)

これは「展望階段の家」の階段室から見た風景です。
敷地の前はずうーっと向こうまで市街化調整区域なので、
当分の間は変なものは建ちません。

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でもこの景色、杉板の手すりが付く2階ベランダからは幼子たちには見えないので、
板に穴を開けてもらうことにした。
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径やピッチを色々替えて作って来てくれた監督手製のサンプルを見ながら決めました。
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覗き見る楽しみって幾つになってもあるのかな(笑)
これ大人の方が嵌るかも・・・・
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(S.Tomita)

仏像に関心を抱くようになったのは、中学生の時に美術の教科書で見た
阿修羅の像がきっかけである。
少年のようでありまた少女のようにも見える清楚な面立ちに心底魅せられてしまったのだ。
山口百恵がデビューした時は阿修羅の像がダブついて仕方なかった。

先月、NHK美の壺で「仏像入門」 をやっていて、仏像鑑賞の三つのツボを教えていた。
その一つが「手」である。我々凡人はつい顔に目が行ってしまうが、
手は仏が仏たるべき姿を如実に表している部分だという。

そのことを教わった矢先に「仏像の手」と対面したのだ(笑)
この写真がその相手である。持ち主は美術の先生で教材にと買ったもの。
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デフォルメされたなが~い指が爽やかな色気を醸し出している。
よく見ると確かに爪は大人と違い赤子の手のように逆に反っている。
(爪は大人になるに従って使いやすいよう内向きになってくるらしい)
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これが仏像鑑賞一つ目のツボ 「赤子の手に宿る無垢の心」である。

念ずれば通ずるのか、いい出会いでした。


(S.Tomita)