世の中に「確定的」なものは存在するか?? |  職業:作曲家のつぶやき

 職業:作曲家のつぶやき

  作曲家 Takayuki Mitsuhashi の音楽活動を中心に紹介していきます。

今日は、一時的に落ち込んだ。

たまに落ち込む。


今日は、嫌気がさした。何にかというと。。


自分の周辺に不確定なものが多すぎる。気づけば不確定なものしか無い。そんな思いに嫌気がさした。


そもそも音楽家として歩んでいくことを決めた時から、それはおぼろげに覚悟の上である。

収入が安定しないことなど、10代の自分でもある程度予想しているものであるし、今そのことだけにおいて、今さら嫌気などさすはずも無いと思っている。


ただ、そうであるからこそ色々な手を打とうと、仲間とともに頑張ってきている。ただただいわゆる自営業の宿命を受け入れようなどとは思わないのが僕の性分。世間一般的に言われていることなどクソくらえ。


そんな思いでやってきて、会社も成長の一途をたどっているものの、まだまだ理想の形は近くはなさそうだ。


作曲家は曲を作ることが仕事。ただ、曲を作るには時間がかかる。時間を確保するにはお金が必要である。お金が必要であれば働けは良いのだが、問題は作曲家というものは曲が売れて初めてその価値を評価され、その対価を頂けるというところ。

売れるまでは、その作品につぎ込んだ創造に対する時間や、注いだ自分の想いは、この世の中のシステムに生きている以上、満足のいく対価としては戻ってこない。

かといって、適当にこなすのであれば、自分の魂が腐る。好きな音楽なのだから、魂が腐るくらいなら、やらない方がマシ。

では自分がどうしているかといえば、「腐らない程度に、うまくこなす。」それで社会とのバランスをとっている。


さらに最近は、自分が作曲家として存在することの意味に対して考えさせられることがしばしばあった。

結論を言えば、誰かに必要とされるのであれば、嬉しいが(意味も多少ある)、自分の中での自己満足や、つまらない出世欲のみであれば、これまた寂しいし、そんなものは理想では無い。


社会への貢献や、人のためになること。自分の描く幸せな世界。豊かな世界を描くために音楽というツールを使って、人との係わり合いの中で素敵な音楽を奏でることが、僕の理想。


少し前とは違って、また自分の目指す方向が振れてきているのを最近よく感じます。

いったいいつになったら、明確な何かを掴めるのだろうか。。。



さて、上記の話題にちなんで、今日の本題。


「漠然とした不安」僕はこのキーワードを良く利用する。僕がこのことを意識したのは、今から10年も前のことだが、世の中的には、特にここ2.3年で、この言葉が似合ってきているように思う。得に直近は、経済危機とかいって、派遣切りとかいって、内定取り消しとかいったお先まっ暗的なことがニュースで取りあげられだして、表面化してきているのは皆さんも知ってのとおり。


ではそもそも不安ってどんな種類のものがあるのだろうか??


ある人は、来月のローンの支払いができるかどうかが不安。

ある人は、結婚ができないことが不安かもしれない。

ある人は、仕事が終わらなくて、職場の信頼を失うことが不安。


そう。様々。


だけど、こんな様々な中で、どうでしょう??

何かひとつは、不安に思わないことってありますか??


例えば、


お金が無いのは不安だけど、愛情はある。

会社が倒産するかどうか不安だけど、土地つきの実家暮らしなので、とにかく住むところには困らないだろう。

独身まっしぐらだけど、エリート街道一直線なので、お金には困っていない。

全てがうまくいっていないが、まあなんとかなるだろうと、なぜか意味不明ながら絶対的な安心感があるとか。


人間というのは面白いもので、物事を相対的に捉えることができる。

あの時に比べればまだマシ。といったような感覚と同様に、不安的なものだらけでも、その中でもまだ「マシ」なものがあれば、それを安定と捕らえることができる。


僕の話をすれば、自分の将来、会社の将来、とっても不安だらけ。

ただ、「信頼できる人」というものがあることが唯一の救いになっている。


冷静に、一般的に考えれば、人と人のつながりなど、永遠に不確定であるし、人の気持ちなどふとしたきっかけですぐに壊れてしまう。そんな風に捕らえる方が一般的であると思っている。お金や土地や、そういった具現化された何かのほうが確実であると。


しかしながら、こう先の暗い世の中になってしまえは、それが逆転することもあいうるのだと思えた。これは、僕にとってとても驚きであるし、嬉しい発見である。


発想を転換してみて思ったのだけれど、例えば財産なんてものは限りがある。お金は無限には沸いてこないし、例えば一生分俺は貯金があるぜ!っていったところで、貨幣の価値が変わってしまったら紙くずになるわけで、この流動的な世の中では、確定な価値とは言えないと思えてしまう。


だけれど、人との信頼関係や絆はどうだろうか。家族のつながりしかり、信頼できるパートナーしかり、いわゆる損得ではなく、いつも隣に絶対的に、当たり前に存在する人。これば、自分がどんな状況であっても、愛情という精神を支える財産を、無限に注いでくれるもの。


これは、本当に素晴らしい奇跡と幸運。


世の中に存在する、唯一の確定的なもの。そんな風に、思えてならないし、その価値の大きさ、貴重さを大事にできる、そんな音楽家でありたいと思うし、そもそも綺麗な音楽が大好きな僕であるので、自分はそういったことを常に心において、色々な迷いに打ち勝って行きたいと、そんな風に思う。



話は少し戻りますが、毎日ストレスや不安だけを抱えて生きているのって、非常におかしいことだと「僕は」思う。生きている以上、社会人である以上それは当たり前だなんて、認めたく無い。ただの「無駄」である。

ましてや自殺したり病気になったり、絶対にナンセンスだ。そんなになってまで働く必要など無い。

どうせいつかは死ぬのに、死ぬ間際に思い出す思い出の半分以上が苦難であるような人生など、僕は嫌だ。

たくさん働くということは、それだけ無理をしているのだから、その人にはそれに見合った対価が無ければならい。

ワーキングプアなんて、あってはならないこと。


僕は、小さくてもいいから、自分の周りだけでも、大切な人だけでもいいから、そういう僕の嫌いなストレスや不安の無い、素敵な場所を作ってみせたいし、このどんずまりの、不平を言うばかりで、リスクをとって改善しようとはしない温暖な日本に、一発かましてやりたいもんだ。