亡くなられた5月16日なのか今日なのかと考えると、
たぶん、お別れした本日26日を思い出すのではないでしょうか。
地下鉄を降りたところから葬儀会場に至るまで「西城秀樹」と記されていて、
本名ではなく「西城秀樹」として最後までファンのために生きた最高のエンターテイナーでした。
亡くなった直後でしょうか、悲しみに暮れる岩崎宏美さんが(最近の苦しんでいた映像ではなく)輝いていた一番きれいなHIDEKIさんをマスコミにお願いしていた言葉、私たちの気持ちを代弁してくれてました。
あの美しいヒデキは、あの時代だけの至高の芸術品。
たまたま数日前に『ららら♪クラシック』で10年ぶりにカムバックしたというマリアカラスの当時の来日コンサート(NHKホール)映像を見ました。マリアカラスと言えばオペラ界の認識を変えるほどのドラマティックな表現で魅了した歌姫。
秀樹さんやめぐみさんと同じようにドラマティックな歌唱で、その映像でもじゅうぶん素晴らしかったんですが、スタジオにマイクが戻ると出演者から辛辣なコメントに。それはその直前に全盛期の若々しいオペラのマリアカラスが映し出されていたからなんです。どんなに上手い方でもブランク後の状態、年齢を重ねた衰えがあからさまに。その落差に痛いコメントが。
美しい歌唱であればあるほどその差が歴然と耳に。。。。。
晩年の秀樹さんの映像を繰り返し流すのは美の冒涜。
亡くなる前の近年の西城さんを絶賛しているのは多分一番輝いていた時代のヒデキを知らない人達、あるいはその時代の秀樹さんに興味のなかった人たちではないかとも思えて。
秀樹さんをマリアカラスに置き換えて考えてみると、宏美ちゃんの言わんとしていることが伝わります。
当時のレコードには今みたいな機械でいくらでも手直し!とかありませんでしたから本当の実力で録音されていますし、当時の放送は全て生オケでの歌唱でしたから、もちろんコンサートでの迫力あるパフォーマンスは宝物![]()
あの青春の宝箱を壊してほしくないという思い、
でも秀樹さんは現実に身に起こった極度の困難に対して果敢に立ち向かっていったこと、
抗おうとした事実、
ありのままさらけだした事実、
生きようとした事実、
それでも生きて行くと決めた強い心、
あんなにカッコ好い人がかっこ悪い己でも生きて行くんだ、生きる!
と、潔く生き抜いた様があまりにも格好良くて![]()
秀樹さんはきれいなまま箱にしまって、大事にし過ぎて何処にしまったか忘れ去られてしまう人じゃないんです。そうじゃなかったんです。
こんなに奥深い生き様だった、んですね。
ちゃんとお別れが出来た気がします。
この僕が生きた 短いあの時は 過ちじゃないと思いたいのです
青春はきっと、そんなものでしょう
だからこそまた 美しい
(詞:阿久悠 若き獅子たちより)
この曲、すごく聴きたいんです。どなたかアップしてくださると嬉しいです。
追記(2018.7.5)
上記した歌詞ですが、
皆さんがアップロードしてくださる動画のおかげでタイトルわかりました。
「青春のタイトロープ」でしたね。覚えているようで、感違いしていることもたくさん。
その時代、繰り返し聴いていたLPレコード「若き獅子たち」の中でとても印象的だったこの歌、この歌詞。
秀樹さんも私たちも青春のタイトロープを渡ろうとしていた、その緊張感。
あの張りつめていた気持ちが、もう二度と戻ってこない日々の大切さを
今更ながらに痛恨の青春の思いが描かれている歌詞に掴まれます。
この僕はいつも心を張りつめて
一本の綱を渡る思いです
青春はきっと、そんなものでしょう
だからこそ、また、 美しい
この僕が生きた、短いあの時は 過ちじゃないと、思いたいのです
人気雑誌の表紙が懐かしい素敵な動画お借りします!

