徳光さんの声はここまで届きませんが、始まるかなり前の時間に献花させて頂きました。
としまえんと秀樹さん、銀座山野楽器と秀樹さん、
いろんなイベントごとにその広報さんのお顔まで浮かぶくらい、沢山甦ってきます。イベントの度に集まりすぎてしまう膨大な秀樹ファンに優しい対応をしてくださった事、忘れません。
東京音楽祭だったか何かのイベント前にはTBS裏の古い稽古場に集まって、秦野さんが新曲をカセットで聴かせてくれて、もちろん秀樹さんが登場するわけでもないのに何百人かぎゅうぎゅうに座って熱気の中で応援練習したり、こんなに皆が秀樹を応援しているんだから次回は秀樹呼ぶよなんてセールストークを言ってたら本当に秀樹さんが収録や移動の合間に立ち寄ってくださったり、あのあたたかいファミリー感は他のアイドルにはなかったんじゃないかな?
時間的に無理なことが多かったけれど夜ヒットも一度だけ参加したことあったし、ホップステップジャンプのレコーディングに、もちろん秀樹さんはいないけれど、百人以上のファンが狭いスタジオで掛け声の録音をさせていただいたり、ファンと秀樹さんが直接関わることは不可能だけれどスタッフさんやファンクラブがとてもファンを大事にしてくださったんです。
当時も今もそんなファンクラブ珍しいんじゃないかしら?おもさんと呼ばれる姉御肌のファンのかたが取りまとめてくださっていた。
今、いくつか入っているFCの中では健ちゃんのファンクラブがかなり近いかな。でもこっちも大人だしあの頃の思いっきり傾けていたほどの熱意が自分にないので出待ちとか決してしないけれど、先日新国立劇場でアンケート書いていて遅くなったとき、ちょうど健治さんがひとりひとりファンのかたと丁寧に接している場面に出会してちょっとびっくり、あんなに優しい健ちゃん&スタッフさん!毎回公演後の疲れて早く帰りたい時間に、なんてファン思いなんだろう。って遠くから。
秀樹さん関連で嫌な記憶が全くないんです。
ある真夏の夜のこと。連日何百人も女の子たちが徹夜しているからその周りに暴走族が集まっちゃって、イベント公演の前夜、豊島園の広報さんがファンの子達だけ入園させてくれて、安心して徹夜出来たんです。ただその時着替えやお風呂入りに家に帰ったり離れてしまっていたグループもあって、私たちはそれまで並んでいてくれた子と交代して私がいたので最前列に繰り上がっちゃって。
申し訳なかったんです。でもその人たちは二列目で観れたらしいので、ごめんなさい。
そんな子供の頃のアドベンチャー的どきどきと大好きな秀樹さんを最前列で観れたこと、思い出してきちゃっいます。
その後何年も経ってからお仕事でその広報さんにインタビューしたんですが秀樹さんのイベントのことは言い出せませんでした。まさか並んでた子が取材しに来るなんて思ってもいないでしょうから(^^;
でもいろんな場面で秀樹さん繋がりが出来て、先日の訃報の際にも、秀樹さんと言えば○○ちゃんだからと友人からメールいただいたり心配してくださったり。
富士山麓に行くときの新宿西口とか秀樹さんの運動会の時の東京体育館(千駄ヶ谷)に並んだときと同じくらいの弔問するファンの列。
みんな歳をとっておばちゃんなんだけど、あの頃のワクワクどきどきを思い出しているんじゃないかな?
ドラマで骨折した直後だったのに腕を吊ったまま元気に走り回っていた秀樹さん。
私はみどり色組のたま転がし競技でメダル頂きました(笑)鏡台の何処かにしまってあるはず。
