ブルースのひとり言 ブログ -3ページ目

Go To イートそして岐阜でSwingさゆみんと再会

いよいよ12月になりました。今年も残り1ヶ月。
そんな中、コロナの感染拡大が止まりません。なんとかピークを早く過ぎてほしいものです。


さて、前回のブログのつづきです。

これまでどこへも行けなかったのが、11月に動き出すことにしました。

まずはGo Toイートの話です。
11月に入って先輩から電話がありました。
プレミアム食事券を買ったので、久しぶりに昼のみ会を開かないかという誘いです。

そこで、食べログで予約してあわせてポイントをもらうことにして、中頃にあべのの居酒屋で開催しました。

メンバー全員が参加しました。
そこで近況を報告しあい、元職場の知り合いのOBや現役が飲み会でコロナに感染したことを聞きました。
現役の人は私の部下でして、彼が重要ポストについた昇進祝いだったということです。

あっという間に時間が過ぎました。やはり酒を酌み交わして会話する楽しさを実感する反面、コロナの恐怖が身近に迫ってることを感じました。


続いてはGo Toトラベルの話です。

私のお気に入りの踊り子石原さゆみさんが岐阜のまさご座に11月21~25日出演されることがわかったので、Go Toを使って一泊して観劇しようと思いました。ついでに岐阜城などの市内観光をしようと考えていました。

ところが、11月中旬からコロナの感染が急増したので、さすがに家の者に一泊旅行すると言い出せなくて、宿泊をキャンセルしました。

それでも、さゆみんの新作をどうしても見たいと思って弾丸で岐阜に行きました。なぜなら、彼女がSNSで王道のダンスをしたいということで、わざわざその道のプロに振付けを頼んで作ったことを知ったからです。


彼女との再会は9月中旬の大阪の晃生ショー以来です。

まずこの時の話を、演目はなんと競馬ものと定番のアイドル的なものの新作2個でした。

競馬ものは、ステージで競馬を扱うのは珍しいですが、まず競馬の勝負服で登場し、🐴の頭がついた棒をまたがって疾走?していました。
勝負服から衣装を変えると、前の方は普通だが後ろを向くと、ヒップのあたりが大きく開いていて見えるのはひもパンと生尻。これがエロかった😍

アイドルものでは、小道具としてひもつきバルーンを使いたくて、ヘリウムを入れに布施からわざわざなんばまでいったようでした。

そして近くで彼女をじっくり見ると、日焼けで水着のあとがくっきりと浮かんでいてなんか妙にそそられました😂

彼女らしい遊び心あふれる楽しいステージで満足しました。


さて、今回のまさご座。昨年さゆみんを見に行ってから一年ぶりです。
3連休をさけて明けの火曜日に行きました。
平日でしたがそこそこの入りでした。

演目は3個出し、あの名作ウエディングと新作、そしてこの季節の定番クリスマスもの(今年もサンタ🎅にされました😂)。

2回目のステージが期待の新作。
 



黒のハットとショーガール風の衣装にステッキを持って登場。網タイツが印象的。

ステッキを巧みに使い、軽やかにステップを踏みながらのダンスは、場面場面の展開がスムーズかつスピーディーで、どんどん魅入られていく感じがしました。 

彼女自身で振り付けたベッドは、スタイリッシュでありながらとてもエロチックなものでした。

今回のダンスのおかげか、身体は引き締めらたようで、足がさらにスラッと長く見え脚線美が映え、網タイツで包まれたご自慢のヒップがいつもに増して魅力的でした😍

今回見せてくれたダンスは、彼女によればシアタージャズという分野のものということです。
そう、ブロードウェイの舞台なんかで展開される正統派のダンスを披露してくれたのです。

見終えた後、ふと昔観たボブ・フォッシー監督のミュージカル映画を思い出した。

彼女のステージが、ライザ・ミネリ出演「キャバレー」やロイ・シャイダー主演「オール・ザット・ジャズ」のような世界に通じるものと思えました。




さゆみんとの撮影時には
lt´s Show time
オールザットジャズの振付師役のロイ・シャィダーの口癖だった英語が思わず口から出ました。

新作は彼女が言うようにまさしく新境地。
Swing,Dancing,Sayuming
さあ、ショーガールさゆみんの新たなステージ始まるよ🙋

これからそんな姿を見られるようで楽しみです。


彼女の3演目を見終えて、まさご座から撤退。
4回目が新作みたいなのでもう一度見たかったが、泣く泣く岐阜を後にしました😂



石原さゆみさんは今回が今年最後のステージで、次回の出演は来年正月の渋谷になるそうです。

私が住む大阪はコロナ感染の拡大が激増しており、重症者用のベッドが満杯に近い状況であり、本当にヤバい。

こんな状況では、行きたいけど😂
さゆみんといつ再会できるのだろうか?

ともかくこれからはGo Toどころではなく、また当分自粛しようと思っています。


それでは皆さんもくれぐれ注意してください。

ほな😷






















Go Toといわれてもほとんど行けない

7月以来久しぶりのブログの更新です。

これまで落ち着いていた新型コロナの感染が11月中旬から叉々拡大して、第3波といわれるようになりました。


この間の話ですが、入院している母とは7月上旬に病院が面会禁止となり、それから会っていません。たぶん当分会えることはできないでしょう。
認知症の母は私の存在もすっかり忘れていることと思います。


そんな中、9月上旬に悲しい知らせがありました。
いとこからでしたが、叔母(母の妹)が亡くなったということです。

お葬儀に行きましたが、こんな時期ですので出席者は親族と近い関係者のみでした。

その時久しぶりに叔母(母の姉)に会いましたが、妹の死と私の母の実情を聞いて只々泣いてました。
ただ、90代後半の叔母が少し危なげですが杖もつかず歩いているのを見て驚きました。仕上げの食事の食欲も相当なもので元気そうで安心しました。

彼女たち三姉妹が、戦争も含めて昭和、平成、令和と時代が移る中、それぞれの人生をまじめに歩んできたことを改めて思います。


さて、この間の日常ですが、3月末に会食に行ってから11月になるまで行ってません。

でも、一人飲みは昼にちょくちょく行ってました。
どうしても生ビールが飲みたくなるので、と言っても1杯か、多くで2杯です。

こんな状況の反動か、寝酒のウィスキーは時々飲みすぎることがありました。


そして、夜にはもっぱらファンであるオリックスの試合をテレビでみてましたが、承知のとおり負けることの方が多く気持ちを発散させることができませんでした。


映画や美術館、寺めぐりなど文化活動は、9月下旬にあべのハルカスで開催された江戸時代の葛飾北斎や伊藤若冲などの絵師たちの作品を集めた「奇才」展へ行っただけでした。



本当は、東京国立博物館で10月初めから今日まで開催されていた特別展「桃山ー天下人の100年」に行きたかったのです。

狩野派や長谷川等伯の絵画など桃山時代の文化に大変興味を持っています。
激動の戦国時代の中、豪華絢爛の桃山文化が生まれます。
この時代に日本人の美意識が転換したように思います。
それはなぜか、そんなことを探りたいと思っています。

でも、今回はコロナのこともありあきらめました。


さて、体調の方ですが、運動不足で体重がまた増えましたがそこそこ元気です。

ただ10月中旬になんと上の前歯が抜けました。定期的に歯科検診は行っていたのですが、今年はコロナがあったのでサボっていました。

先生に前から注意されていたのですが、本当に情けないはなしです。
今は歯を入れましたが、入れる前もいつもマスク着用で本当に助かりました。


この間の自粛生活の話を少ししましたが、11月になるとGO TOということで動き出しました。そのへんについては次回のブログで。


つづく









時間の考察(13)★大阪人のボクがスナックやカラオケボックスで歌っていた頃

新型コロナの感染がまた拡大しつつあります。
ちょっと前までは、夜の街うんぬんが問題となっていました。

現役で働いていた時代に、夜の街で真っ先に思い出すのがスナックです。

そんな中、音楽アプリspotiryで音楽を探していると、「スナックで 歌ってみたい曲、歌ってほしい曲 R50」というユニークなプレイリストを見つけました

このプレイリストに触発されて、よくスナックに行っていた頃を思い出して
「大阪人のボクが若い頃スナックで歌っていたSONGS 」というプレイリストを作りました。

そしてバリバリに働いていた頃の時間を思い出しました。






働き始めた40年以上前、20代の頃、カラオケといえば8トラックのカセットテープで歌詞カードで歌うものでした。

新人で最初に先輩にスナックに連れていってもらった時、カラオケとなってお前も歌えとなりました。けれど、歌詞カードを見ても歌える曲がありませんでした。

ど演歌とか、完全なる昭和歌謡ばかりでした。

仕方なく何を歌ったか覚えていませんが、歌ったところみんなに失笑されました。

大学の時はコンパなどでフォークなどをみんなで歌うのは好きでしたが、一人で人前で歌うことはあまりありませんでした。

最初の事が少しトラウマとなって、カラオケのあるスナックに行くのが苦手となりました。


それから何年かたち、カラオケも変化し、レーザーディスクなどによりモニターで映像や歌詞が見えるようになりました。

自分の心境も少し変化し出しました。
他の人のカラオケを聞いていて、本当にうまいと思える人は数少なく、ほとんどの人は普通でそんな歌は耳に入ってこないことに気付きました。

それでなんか持ち歌を作って、好きに歌えばいいと思うようになりました。

その頃には、カラオケに収録する曲も増えていて、選んだのは少しブルージーなご当地大阪ソング

BORO  大阪で生まれた女
上田正樹 悲しい色やね



歌いこんでいくとそこそこ自信もつくようになり、基本的にお酒が好きなので、喜んでスナック通いするようになりました。

その後、吉田拓郎河島英五などの曲も自分の好きに歌えるようになりました。


そして30代半ば頃、人事異動があり、事業部門の職場に異動しました。
今までいた経営部門と違って非常に自由な雰囲気の職場で、おそらくこの時代に一番多く酒を飲んだと思います。

ここでの宴会の二次会には、必ずカラオケボックスに行きました。ほとんどの人が参加していたと思います。

そこで自分が歌っていたのは、長渕剛 とんぼ

このころは、本当に調子に乗っていて若かった。


とんぼの歌詞のある一節がくると
ああ しあわせのとんぼよ
お前はどこへ飛んで行く~
椅子を重ねた上からジャンプ。3、4mは跳んでいたと思う。


ぐでんぐでんでさらに調子に乗ると
ブルーハーツ TRAIN-TRAIN
みんなで数珠つなぎで並んで電車ごっこ、フロア全体を走り回った。

ある時、事件は起きた。
先頭にいたボクは頭をドアにぶつけてしまった。

自分は大きなタンコブで済んだが、ドアはガラス部分に大きなヒビ
修理代7万円の請求😱

上司達がねぎって払ってくれた、ありがたや😂😂😂
おおらかな時代でした。



それから何年かたち、経営部門にもどって初めて課長になったとき、宴会やカラオケボックスでよく歌っていた曲
玉置浩二 田園


課長から課員に向けてエールをこめて歌っていた。


その後、年を重ねるうちにそれなりに役職も上がっていったが、カラオケにいく機会がめっきり減りました。

そのわけは、一つは3、4軒あった行きつけのスナックが次々と閉店したこと。バブル崩壊後経営が厳しく、若い人もこういう形態の店に寄り付かないようになったからです。

それぞれのスナックに色々の思い出があったので寂しい気持ちでした。


また、時代につれ職場の雰囲気も様変わりして、宴会後みんなそろってカラオケに行く習慣もなくなりました。


一番酒を飲んで歌っていた頃が一番仕事をしてた頃です。
あの時のエネルギーをなんとなく懐かしく思えます。
そんな時間の記憶です。


今日はこれまで
ほな❗




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