Cape Ann Porcelain Factory -22ページ目

第五焼成

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仕事机の前にある大きな窓にブラインドカーテンを付けようと、散歩に出た時に主人の研究室でドライバーを捜していたら、台湾出身の学生が、あ、それなら僕等がやってあげますよ、と言うのでお言葉に甘えてしまった。

研究室には十数人の中国台湾からの留学生がおり、吉祥寺に暮らしている子供達と年齢が近いせいか~こちらがそう思っているせいか、あちらも親しみを持ってくれる、ように感じている。

一人だけ年季の入ったマウンテンバイクを乗り回す学生が言うには、台湾で山道を大学に通う時に使っていたこと~山道を漕いでいると、山に住む猿達がからかって木の実を投げつけるんですよ~私には想像がつかないけれど、情景が目に浮かぶようでもある!

第四焼成

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思いがけず北九州市若松区ひびきのに暮らして早や二ケ月たとうとしている。

最近は朝のローカルニュースでも地理や方向が分かるようになり、福岡からJRで40分遠賀川を越えると、さあ折尾だわと嬉しくなるから、まさに住めば都だ。


宅地造成の進むひびきのは、かつて周辺一帯雑木林だったらしい。吉祥寺の家にいても、いつも成蹊の鳥達のさえずりがあったけれど、ここも恵まれている。

大事なのは、自然が身近にあり、絵付けをする暮らしとインターフェイス出来ることだと思っています。

WOCP世界大会へ

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来月ミシガンで開催されるWOCP世界大会には参加が出来ないので、テーブル監督に手紙を書き、ついでパットディカソン先生へも手紙を出して了解して頂きました。 

スイスの方から先にデモの依頼があり引き受けています。二つの大会の間に移動を入れて一ト月もなく、大変申し訳ありませんが今回の出席は出来ません。ですが東京クラブの代表として作品をお送りしたいと存じますので、代わりに飾っていただけませんか。勿論、大会がすんだ後はミュージアムに寄附したいと思っております。

大会は人が集まってこそ盛り上がると言えるが、分かって下さり、二人のWOCPティーチャーにも声をかけて、ディカソン先生へ送りました。

第三焼成

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花瓶は第三焼成の時までに全体の構図を整えて,あとは初めに抱いたイメージに向けて完成へのプロセスを楽しみます.


イメージと言ってもそれは~午前11時の陽るさと、懐かしい庭に溢れる色彩と甘い香り~バラを作品にする時は頭の中を大体こんな具合にして、16号の平筆で描いています。


ベルンのバラ園を訪れるのも楽しみにしています!

第二焼成

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第二焼成以降のバラは、後から上にシャドーの色を乗せて行きます。その事も考えて色彩を選びます。

左上に白い花、真上と隣にルビー色があり、この辺りはぐっと濃いコントラストを作りたいと考えています。

今回は、黄色のバラを持ってきました。背景に溶け込ませて、将来のネガティブ・スペースにします。

コンボジション

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大きな作品は、いつも途中経過をスタジオを訪れる生徒さん達に見せています。

でも五月初めに福岡教室を実家の隣の昭和の香りが残ったアパートに移し、私達のここでの住居を主人の勤める大学のキャンバス内に移したので、誰に見せるでもなくスイスへ向けて描き始めました。

44センチの花瓶に白いバラとルビー色のバラを初めに描きました。上部のブルーには金盛を考えています。ひびきのでも作品が出来るよう、吉祥寺と同じ窯を大急ぎで作ってもらいました。

スイスへの便り

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三月に送ったスイスへの便りは、まもなく英独仏伊語に訳されて宣伝されるそうです。

スイス・ポーセリン協会主催の2007年9月ベルンでの国際大会で、バラのデモンストレーションの機会を頂きありがとうございます。

私のバラの記憶は祖母が作っていたローズガーデンに始まります。たぶん三-四歳頃でした。季節になると、庭はたくさんの色彩で溢れました。バラの花びらの複雑さは神秘的でした。時々は花びらの中に、ジャパニーズ・ビートルと呼ばれる小さな緑色に光った昆虫を見つけました。その花と昆虫の色彩が対比する、自然が与える美しさに魅了されました。

1975年からチャイナペインティンゲを始めました。1988年から89年まで、主人がMITの客員研究員となり、家族でボストンに暮らした折りに、オリーブ・レスリー先生にお会いし、私の人生が変わりました。レスリー先生は八十才代でいらっしゃいました。先生の影響の下で、19世紀以来の伝統的なアメリカン・チャイナペインティングを勉強しました。後にPPAAニューヨークスクールで、ジェリー・バーチル先生に出会いました。彼女は素晴らしいペインターです。1998年から2004年まで、バーチル先生からは、フリーハンドで描くスタイルを何回も学びました。今でも米国を訪ねる時は何時でも、ジェリーに電話をします。PPAAニューヨークはCAZと呼ばれています。私はその絵付けのスタイルをやっとこさ間に合って、受け継いだと思っています。

日本では、東京と福岡に二つ教室を持ち、各地から生徒さんが来ています。彼女達もフリーハンドで描くアメリカンのチャイナペインティンゲを楽しんでいると思っています。

簡単な略歴

1998年からWOCP東京代表

2001年、2003年、2005年のWOCP国際大会デモンストレーター

IPATティーチャー&アーティスト

JPPA会員。

ローズ特集

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PPAAニューヨークでお世話になったドリス・アキーリ先生がIPATのプレジデントになり、今年のローズ特集に写真を送ってと言われるままにしたところ、

リッチで深い色彩のルビー色のバラ

と、一文を付けて載せて下さいました。

IPATのローズ特集に載ることは、とてもインパクトのあることです。今回の特集にも素晴らしいローズペインター達が連ねています。

そして、このペインター達のほとんどが気の遠くなるような時間をかけて膨大な練習をし、今日もさらにましなバラを描きたいと思っているに違いありません。

羽田発モノレール

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夫婦で映画に行く時、良い席にこだわるので主人から、どこでもいいじゃない、といつも呆れられている。けれど、同じ値段を出すなら席にはちょっとはこだわるのだ。

羽田発浜松町行きのモノレールには、運転手さんのすぐ後に座りたい人達が何人かいるように見える。それも大人で、ゆったりと車輌に乗り込み、前から順に腰かけることにある日気付いた。

この席をゲットするために一つ見送るのも、家にもはや小さな子供がいないおかげ~いやむしろ、昔を思い出して遊園地の乗り物感覚で楽しんでいるのが本当のところ。地下を抜けて天空橋からベイブリッジを眺める辺りがいい。

20日振りの東京は葉桜になっていた。吉祥寺ですること~を頭に描き、中央線に乗る頃には大体切り替わっている!

野のスミレ

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教室では、花は野ばら、忘れな草、スミレの順に勉強していきます。

スミレは花びらが5枚あって、先ず中心に漢字の八を書き、その中心に向かって左から4枚、皿をひっくり返して少し大きい花びらを描いて下さい。葉っぱはハートの形、茎はクエスチョンマークの形に優しく繊細に~と平筆の動きを何回も何回も繰り返します。

実際のものを見て下さい、とも言います。そこから受ける印象は、その人だけのもの~その時のイメージを大切にして、磁器の上で表現してください。

四年前から主人が教えている早稲田大学の大学院は北九州市にあります。ここも学術研究都市の例に洩れず、周りは手つかずの自然があり~スミレ達は陽を浴びて、クローバーの隣りに紫色の群れを作っている~イメージしなくては!