赤井寅三 セラピー -12ページ目
 「花火」というと、打ち上げ花火よりも手筒花火のことを指す土地で育った。
 町の氏神様で毎年7月に行われるお祭りが、子供の頃は夏休みの始まりの合図だった。三日間のお祭りの初めの二日間、手筒花火の奉納が行われる。
 本殿の真ん前、参道を本殿から10メートル程下がった場所が花火の立ち位置だ。それほど大きくない神社なので、参道を挟んで5メートル程で観客の人垣になる。つまり、結構間近で見ることができるのだ。私は小学生の頃から毎年その辺りで見ていた。「リングサイド」と呼んでいた。リングサイドで見てから帰宅すると、手筒花火の火柱が降ってきたものが、無数の黒い小さな煤となって、自分の服に着いている。
 この花火は氏神様への「奉納」だから、手筒花火を持つ人は点火した後、発火し始めた花火を持ったまま本殿に向かって一礼する。それからは仁王立ちで踏ん張る。「シャーーーーーッ!」と橙色の火柱が夏の夜にそびえ立つ。境内の木々が照らされ、夜なのに杜の中にいることがよくわかる。数十秒後に「ズドーーーン!」という大砲のような音と共に爆ぜておしまいだ。急に静寂が来る。一泊遅れてお客さんたちの拍手。
 これが二夜繰り返される。私にとって懐かしい故郷の風景だ。

 その手筒花火が、大須観音で見られるというので行ってみた(雪駄で)。
 境内には、移動ができないほどのものすごい数の人。花火が始まると一斉にiPadやスマートフォンが頭上に掲げられる。「大筒」という両手で抱えるでかいものではなく、片手サイズの花火を手にした8人が火柱を上げる。残念なことに最後の「ズドーーーン!」はないタイプのものだった。しかし、久しぶりに見る手筒はやっぱり美しかった。

 …いかん、どうしても地元を思い出してしまう…!
 そしたら、不意に、手筒に「お前は都会で何をやってるんだ?」と問われた気がしてきた。懐かしい記憶が、その頃からしたら自分の「将来」である今の私に、「しっかりしろ」と言っている気がしてきた。

 ―――久しぶりに会ったら、何だ、今のお前は?ぬるま湯に浸かって心地よさそうだな。
 ―――今のままでいいのか?良くないって気づいているから変わりたいんだろう?
 ―――自分の道は自分で決めろよな。
 ―――どんどん迷いなさい。どんどん試しなさい。


 そうなんだよなあ。甘えることを甘えちゃってるもんなあ。
 決断すべきことは、決断しなきゃ。


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 私は職業として、キャッチコピーを考えたり、文書を書いたり、または名刺や小型グラフィックのラフデザインのアイデアを練ったり、時にはBGMとなる音楽を作ったりしている。
 そういうことが楽しいからやっている。「好きなことをやって人様のお役に立つこと」が私のわがままな目標なので、これはとてもありがたいことだ。

 とは言え、自分だけのためだったり、ひょっとしたら誰のためにもならなかったりすることに時間を費やすことも、好きだったりする。他人から見たら自己満足としか見られないような、自分から見ても、はっと我に返るとめちゃくちゃ小っ恥ずかしいようなことに集中するのも大好きだ。

 そういうの、ないですか?あるでしょ?

 一時期はビーズでブレスレット作りをやっていた。娘が作るのを手伝っているうちに、だんだん本格的にやってみたくなり、手芸ショップの会員にまでなったほどだ。せっかく会員になったから、とスパンコールの帯や木目柄の入った布など、目的もよく考えずにいろいろ購入した。材料だけ適当に揃えてから「さあ、何を作ろうか」と考える、そんな順番の作業も贅沢で楽しい。結局、スパンコールの帯はハットに巻き、木目柄の布は本棚のカバーとして使った。

 そして今、私は、消しゴムはんこ作りにはまっちゃっている。
 15年ぐらい前に自分の名前のはんこを作って、年賀状やら電話連絡メモやらにペタペタと押していたこともあって、はんこ作成の喜びも、それを押しまくる嬉しさも体感済みなのだ。
 でもその初代消しゴムはんこを失くしてしまったことに、先日気がついた。
 もう何年も見ていないからいつ失くしたのかもわからない。どこを探しても出て来ない。ずっと放ったらかしていたくせに、失くしたとわかった途端に未練が湧いてくるこの自己チューな感情は何なのだろうか?自己チューのエンジンが加速すると、すぐには火照りが収まらない。どうしてもあの消しゴムはんこを取り戻したい。あの消しゴムはんこがない人生なんて考えられない!…と、そこまでは考えていないが、失った恋への慕情に似た気持ちが体を満たしていた。「じゃあ、また作ればいいじゃん」ということで新たに作った。それが呼び水となってしまったのだ。過去の恋の痛手は、新たな恋の出現で一気に消え去るものだ。

 何が楽しいって、作っている最中の時間が楽しくて仕方がない!完成した時の達成感はもちろん嬉しい。でもやっぱり、作っている真っ最中が一番幸福なのです。
 たぶんこの感情とは、死ぬまでつきあっていくんだと思う。他人から見ると小っ恥ずかしいことでもね。
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 私が勤める会社の「冷房戦争」が止まらない。
 むしろ、猛暑日が続くここ数日は、戦火がさらに拡大しつつある。

 事務所の中はL字型になっていて、Lの縦棒部分に比べて、横棒部分のエリアが狭い。デスクが4卓しか置けない狭さの上に、送風口が一つ天井に張り付いている。20卓以上ある縦棒部分に三つ配置されている送風口が、たった4卓に一つという贅沢なレイアウトである。しかも三方が壁とロッカーに囲まれていて、冷たい風が頭からも背中からもビュンビュン吹き付けてくる。
 ここには映像編集用のパソコンが置いてあり、私が一日の大部分を過ごさなければいけない場所だ。それで先々週、冷房病に罹ってしまい、挙句の果てに熱中症にも見舞われ、せっかくの夏がサマータイムブルーズになってしまったのだ。だから、映像編集のある日は夏でも長袖を着て出勤している。
 被害者は私だけではない。フリースを着ている人やレッグウォーマーを履いている人もいる。暦の上ではジュライなのに、見た目はディセンバーな社内風景である。
 ちなみに本日の冷房設定温度は、21度。外気との温度差、15度。

 気になるのは、「誰が事務所をキンキンに冷やしやがるのか」ということだ。同僚たちとの共同調査の結果、【事務所内で二番目に偉いとされている肩書きのやつ(女性)】が頻繁にエアコンのリモコンを気にしているということが分かった。ある時、誰かが昼休みの間に「27度」に上げた。ランチから帰ってきた【事務所内で二番目に偉いとされている肩書きのやつ(女性)】が、事務所に入るなり「27度ぉ!?27度はありえないでしょ!」と叫び、ピッピッピッピッピッピッとリモコンの「マイナス」ボタンを連打していた。
 物凄い執着心。人間、何かに熱中できることは素敵だ。
 フリースくんもレッグウォーマーさんも私も、何も言えなかった。有無を言わせぬとはこのことだ。

 そんなこんなの毎日なので、会社で働く時は「寒さとの闘い」「権力との闘い」「過酷な労働環境の闘い」なのだ。ほぼ、「おい地獄さ行ぐんだで!」の書き出しで始まる「蟹工船」の気分である。
 でも小心者の私たちは、【事務所内で二番目に偉いとされている肩書きのやつ(女性)】に歯向かうことはしない。いろいろとちくちくと面倒臭いから。時々こっそりと「24度ぐらい」に上げてやる程度だ。

 ああ、サマータイムブルーズ…





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 今年は数えで42歳、つまり本厄である。
 もう既に本厄になって半年以上過ぎてしまったが、改めて「今年は厄年だなあ」としみじみ考えてしまう。

 昨年秋にバイク事故を起こして5週間の間松葉杖での生活をした時によくよく考えてみたら、前厄だったことに気づいた。「あ、だからか」と事故が起きたことに妙に納得してしまった。
 納得したということは、「厄年」というシステムを認めて受け入れたということだ。そうなると急に不安になり、次の休みの日に神宮でお祓いをしてもらった。今が前厄だと気づいたのも急だし、お祓いしてもらうことを思いついたのも急だったので、計画性は全くなかった。それが昨年の12月。暦の上ではディセンバーに前厄払いをしてもらっても、ひと月もしないうちに新しい年になってしまうのだ。つまり私の本厄の幕開けだ。厄落としは年が明けてからしてもらえば良かった、と後悔した。

 でも年が明けて、さあ本厄払いをしてもらおう、とは思わなかった。まだ先月に厄払いしてもらったばっかりじゃん。その貯金で新しい厄はつかないはずだ。厄払いの鮮度がどこまで続くのかはまったくわからないが、そこら辺を不安に思わずにいた。いつの間にか夏になっていた。
 そこへ来て、なんと冷房病に罹ってしまった。加えて熱中症にも罹ってしまった。両方とも人生初の罹患である。経験してないものって本当に多いんですねえ。
 そもそもだなあ、(ここから愚痴)勤めている会社の事務所内の冷房がバカみたいに冷たいのだ。設定温度を上げても、すかさず下げる人がいるのだ。そんなバカにいちいち対抗するのもバカみたいだし、ただでさえ空気が冷たすぎて頭もバカになりそうだった。考えるのも嫌になってきた。もう面倒臭くなって冷房を我慢していた。そしたら、体調を崩してしまった。崩れた体調に熱中症が割り込んで来た。朝起きたときからフラフラするし、胸焼けも頭痛も吐き気も治まらないので、仕事を休ませてもらった。(愚痴ここまで)

 そんな時、頭に急浮上してきたワードが「本厄」の二文字だったのだ。
 何という説得力のある二字熟語なのだろう。

 冷房病も熱中症も、罹ってしまったのは「本厄」中だから。
 あ、そうか。そうだよな。本厄だもんな、おれ。
 そりゃあ、なったこともなかった冷房病にも熱中症にもなるわな。

 何でも合点が行くと清々しい気分になってくるものだ。この清らかな気持ちのまま、本厄払いに行ってこようかな。
 …と一瞬思ったが、今日行くのは本厄力が加速しそうなので止めることにした。

 本日の予想最高気温、37度。




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 梅雨が明けてしまった。例年よりも15日も早く。
 もっとも、梅雨入りも例年に比べて一週間ほど早かったから、当然なのかも知れない。
 夏が大好きな私には、夏の早い到来は気分も上がって大歓迎なのだが、今年の空梅雨っぷりには「大丈夫なのか?」と思ってしまう。農作物が正しく育つのだろうか?とか、米や野菜がまた値上がりするのではないか?とか考えてしまうのは、主婦っぽいのだろうか。男なのに。

 それに、雨の風情といったものがあまり感じられなくなったのも物足らない気がする。
 降れば土砂降りで、しかも局地的なピンポイント豪雨となると、雨にロマンチックな印象が持てない。雨だって、雨の日ならではの色気があるものだ。梅雨の季節のシズル感不足でいただけない。
 繰り返すが、私は夏が好きだ。子供の頃から、日焼けなど全然気にせずに汗をダラダラ流しながら夏の太陽の下で遊ぶのが大好きだった。今でも夏の足音が聞こえると妙にそわそわしてくる。その夏のプロローグとしてデーンと存在していたのが、梅雨だった。この季節を乗り切らないと、大好きな夏がやってこない。立ちはだかる壁を乗り越えてこそ感じられる解放感は、つまり快感となる。その快感を得るための我慢の期間が梅雨だった。梅雨は夏の関所だ。その梅雨がやわな顔をしていては、手ごたえも歯ごたえも物足らないのだ。

 うつに苦しんでいた時期は、季節を問わず、心にいつも雨が降っているような気分だった。そのジメジメした重苦しい時間を耐え抜いてきたから、それが明けた今の毎日の日々が楽しく感じられているんだと思う。
 いや、むしろ、そんなジメジメした季節すらをそれなりに楽しめた(?)から、社会復帰できてそれが継続できているのかも知れない。

 うつも梅雨もブルーズだと思って、苦く味わえる。雨の風情をそのまんま受け入れられる。
 そんな心境になれれば、それはきっと自分への強さに熟成していくのだろう。




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