はんこ期 | 赤井寅三 セラピー
 私は職業として、キャッチコピーを考えたり、文書を書いたり、または名刺や小型グラフィックのラフデザインのアイデアを練ったり、時にはBGMとなる音楽を作ったりしている。
 そういうことが楽しいからやっている。「好きなことをやって人様のお役に立つこと」が私のわがままな目標なので、これはとてもありがたいことだ。

 とは言え、自分だけのためだったり、ひょっとしたら誰のためにもならなかったりすることに時間を費やすことも、好きだったりする。他人から見たら自己満足としか見られないような、自分から見ても、はっと我に返るとめちゃくちゃ小っ恥ずかしいようなことに集中するのも大好きだ。

 そういうの、ないですか?あるでしょ?

 一時期はビーズでブレスレット作りをやっていた。娘が作るのを手伝っているうちに、だんだん本格的にやってみたくなり、手芸ショップの会員にまでなったほどだ。せっかく会員になったから、とスパンコールの帯や木目柄の入った布など、目的もよく考えずにいろいろ購入した。材料だけ適当に揃えてから「さあ、何を作ろうか」と考える、そんな順番の作業も贅沢で楽しい。結局、スパンコールの帯はハットに巻き、木目柄の布は本棚のカバーとして使った。

 そして今、私は、消しゴムはんこ作りにはまっちゃっている。
 15年ぐらい前に自分の名前のはんこを作って、年賀状やら電話連絡メモやらにペタペタと押していたこともあって、はんこ作成の喜びも、それを押しまくる嬉しさも体感済みなのだ。
 でもその初代消しゴムはんこを失くしてしまったことに、先日気がついた。
 もう何年も見ていないからいつ失くしたのかもわからない。どこを探しても出て来ない。ずっと放ったらかしていたくせに、失くしたとわかった途端に未練が湧いてくるこの自己チューな感情は何なのだろうか?自己チューのエンジンが加速すると、すぐには火照りが収まらない。どうしてもあの消しゴムはんこを取り戻したい。あの消しゴムはんこがない人生なんて考えられない!…と、そこまでは考えていないが、失った恋への慕情に似た気持ちが体を満たしていた。「じゃあ、また作ればいいじゃん」ということで新たに作った。それが呼び水となってしまったのだ。過去の恋の痛手は、新たな恋の出現で一気に消え去るものだ。

 何が楽しいって、作っている最中の時間が楽しくて仕方がない!完成した時の達成感はもちろん嬉しい。でもやっぱり、作っている真っ最中が一番幸福なのです。
 たぶんこの感情とは、死ぬまでつきあっていくんだと思う。他人から見ると小っ恥ずかしいことでもね。
$赤井寅三 セラピー




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