【フィクスド】のつづきです
フィクスドは、物事を『モノとして捉える』という心理的なフィルターを示していると、説明を聞いて
『フィクスド タイプの人は、人でも何でもモノのように見る、冷たい人間』だと思う方もいるでしょう
しかし、わたしたちの暮らしは、この視点が無くては成立しないほど『モノとして見るフィルター』に依存しています
わたしたちは、労働の対価として貨幣を得ています
つまり、これは『わたしたちがモノ化されている』という意味です
『全てが貨幣と交換できる社会』こそ、極限のフィクスド世界でしょう
容姿やブランド、学歴に『人の価値』を見出す人たちも、フィクスド タイプの人間です
【おうし座】は自身が『所有するモノ=肉体』が感じる、快・不快の世界に耽ります
【しし座】は『肉体』に培われた精神作用である自我に従い、思いのままに生きます
【さそり座】は他者の快・不快に依存して、自身のモノ化を進めます
【みずがめ座】は『モノの群れ』として人間や世界を捉え、理想像を描きます