なぜワシントンはパキスタンを見離さないのか?前回 のつづき)


これに対して、グワダル港の戦略的な価値に関して懐疑的なのが、『フォーリン・ポリシー』の2011年6月号に掲載されているウルミラ・ヴェヌゴパランの論文である。その議論は、グワダル港の第1段階の工事は完成したものの、その利用は限られている。一つには、他の都市と同港を結ぶ道路網が十分でないからである。第2に同港の存在するバローチスタン地域の治安が安定していないからである。中国人へのテロが発生している。また現段階では、中国はグワダルに海軍の艦艇を派遣する予定はない。グワダルの問題で、中国はアメリカを刺激することを避けようとしている。人民元の交換レートの問題など、米中間に山積する課題で北京政府は手いっぱいであり、グワダルの件でワシントンと事を構えるつもりはない。海軍基地うんぬんの話は、パキスタンがアメリカに対して大げさに主張しているだけで、実態は存在しない、とアルジャジーラとは対照的な解説を加えている。なお『フォーリン・ポリシー』はアメリカで出版されている外交専門誌である。


どちらが正しいのであろうか。筆者の考えでは、どちらも正しい。『フォーリン・ポリシー』論文は短期的な実情を詳細に捉えており、アルジャジーラの報道は長期的な可能性を論じているからである。いずれにしろ長期的に見て中国の影響力のパキスタンへの浸透は、アメリカが考慮せねばならない要因である。この問題を、もっと深刻に捉えているのはインドであろう。


最後に、このままパキスタンが破綻国家への道を転がり落ちていくのを、放置しておけるのかとの問題がある。パキスタンは普通の国家ではない。核保有国である。国家の枠組みが緩みターレバン的な勢力が核兵器のボタンに手をかける事態は阻止せねばならない。となれば、この国への援助を打ち切り、影響力を消滅させるべきではないとの議論はアメリカで根強い。こうした議論から出て来る結論は、アメリカは問題を抱えつつもパキスタンとの関係を維持せざるを得ない。アメリカ・パキスタン関係は、愛が残っていなくとも離婚のできない夫婦のような状況である。


>>次回 につづく


※『石油・天然ガスレビュー』2012年1月号に掲載されたものです。


現代の国際政治―9月11日後の世界
高橋 和夫
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