出版元の許可を得て、下の拙文をアップします。

「グローバルレポート中東/“貧者の一灯”消してよいのか パレスチナ難民救済機関と日本」、『経済界』(2024年5月号)139ページ

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1月末にイスラエル筋が、パレスチナ難民のために活動している国連機関の職員12名が、昨年10月7日のハマスによるイスラエル南部攻撃に参加していたと発表した。この機関の正式名称は国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)である。だが、このニュースには情報操作の臭気がある。というのは、国際司法裁判所がガザでのジェノサイドを阻止する措置を取るようにとイスラエルに厳しい判決を下したのが1月26日である。このUNRWAの騒ぎは、その直後ともいえる時期に出てきたからだ。いずれにしろ、このニュースを受け、アメリカなど各国がUNRWAに対する資金供与を停止した。日本も即座に追随した。国連の調査の結果も待たずにである。

 

さて、このUNRWAとは、どういう組織なのか。UNRWAは、パレスチナ難民を支援し保護するために、ヨルダン、レバノン、シリア、ガザ、そして東エルサレムを含むヨルダン川西岸で活動している。1948年にイスラエルが成立した際に70万人以上のパレスチナ人が故郷を追われて難民となった。UNRWAは、その人々の救済のために設立された。現在は、難民となった人々と、その子孫を支援している。たとえば問題のガザ地区では、人口の7割がUNRWAの支援の対象となっている。医療、食糧支援、教育など多岐にわたる活動を展開しており、多くのパレスチナ人を雇用している。ほとんどの住民が難民化し多数が飢餓状態に置かれているガザでは、必要不可欠な存在である。

 

12名がハマスのメンバーだとしても、それが何万人もの職員の組織全体を制裁する根拠となりうるだろうか。しかも、ガザの人々が苦しんでいる時に、その救済活動を阻害してよいものだろうか。溺れている人に救いの手を差し伸べるのではなく、頭を水の中に押し込むような行為ではないだろうか。問題はあるにしてもUNRWAに取って代われる組織は即座には作れない。イスラエル政府の高官からも、いま潰されては困るとの発言さえ出ている。UNRWAがなくなれば、イスラエルが占領国の義務としてガザの人々の面倒を見る必要が出てくるからである。日本を含む各国政府の翻意を訴えたい。

 

さて、日本がUNRWAに資金供与を始めたのは53年で、その額は1万ドルだった。それを伝えに行った日本の外交官は、相手の担当者があまりの額の少なさに困惑した表情だったと回想している。その外交官は、敗戦から立ち直りつつある日本経済の厳しい状況を説明した。「長者の万燈より貧者の一燈」という言葉を添え、復興すれば、もっと貢献するからと言葉を続けた。相手は表情を変え、固く手を握り締めてくれたと回想している。1万ドルの援助というのは、政策というより慈善事業のレベルの額である。残念ながら、その後も日本の支援は、そのレベルで低迷を続けた。せいぜい5万ドルだった。それが突然500万ドルへと100倍増になるのは、それから20年以上もたった74年、石油危機の翌年だった。日本の中東外交は「アラブ寄り」ではなくて「アブラ寄り」だとの自嘲気味な言葉が耳に痛い。現在の額は3500万ドルだ。その迅速な停止は、心に痛い。

 

世界のイスラム教徒がガザの人々の苦しみを見ている。今回の日本の資金供与停止の報に、現地の人々は「日本よ、お前もか!」と思うのではないか。石油確保のために中東で活動する日本人を守っているのは、現地の人々の親日感情である。今回の措置はアブラ寄りでもなければアラブ寄りでもない。

 

-了-

出版元の了承を得て以下の拙文をアップします。
「キャラバンサライ(第148回)サウジアラビアの“かぐや王子”」、『まなぶ』(2024年4月号)40~41ページ

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昨年秋のハマスによるイスラエル奇襲の動機はなにか。

 

多くの識者が、これはイスラエルとサウジアラビアの国交樹立交渉を邪魔するためだとの説を取っている。筆者は、これには懐疑的である。だが、いずれにしろ、なぜイスラエルはサウジアラビアとの国交を望んでいるのか。
 

アラブ・イスラム世界では、イスラエルは、パレスチナ人の土地を奪って樹立された不正な国家だと認識されている。エジプトやヨルダンなどはイスラエルと国交を結んでいるが、アラブ諸国の国民は決して、これを歓迎してはいない。

 

さて、このアラブ・イスラム世界の中で最も重要な国は、イスラムの二大聖地のメッカとメディナを支配するサウジアラビアだ。もし、このイスラムの総本山ともいうべきサウジアラビアに承認されれば、イスラエルにとっては大きな外交的勝利だ。しかし、イスラエルとの国交樹立に関しては、サウジアラビアが、いくつかの条件をだしている。その一つが、パレスチナ国家の樹立だ。それ抜きに国交を結べば、同国がパレスチナ人を見捨てた格好になるからだ。これではイスラム諸国の盟主のようにふるまっているサウジアラビアのメンツが潰れる。では、同国はイスラエルとの関係改善でなにを得るのか。


それは、周辺の大国イランの脅威に対抗するためだ。


その背景となる二つの事件が2019年にサウジアラビアで立て続けに起こった。そのうちの2番目に重要な事件から紹介しよう。


9月にイランがサウジアラビアの石油生産施設を攻撃した。イエメンのフーシー派が犯行声明をだし、大きく報じられたのだが、専門家は、攻撃の規模と精度からして、イランによる攻撃だと判断している。
 

そして次に、いちばん重要な事件が起こった。それは、なにも起こらなかったことだ。多くがアメリカによるイランに対する報復を予想したにもかかわらずである。これは、アメリカとサウジアラビア間の「暗黙の契約」の違反だ。
 

サウジアラビアは、毎年毎年、何兆円規模でアメリカの武器を買っている。それは、アメリカに保護してもらう保険料としてだ。いざという時に守ってもらうためだ。世間の言葉なら「みかじめ」料だ。ところがアメリカは、お金だけ受け取ってイランには報復してくれなかった。これにはサウジアラビアも驚き、慌てたことだろう。
 

アメリカの対応を、より正確には無対応を踏まえ、同国は二つの動きにでた。一つは、喧嘩はできないとの判断から、イランとの関係を改善させた。二つ目の動きは、イスラエルとの接近だ。アメリカが頼りにならないのであれば、別の親分にも近づいておこうというわけだ。水面下での接触が深まった。
 

しかし、これにも危険がある。イスラエルの基地などを受け入れないようにとイランから警告が発せられているからだ。そこで、サウジアラビアは、ふりだしに戻ってアメリカによる条約による安全保障を求めている。イスラエルとの国交を結んでイランに攻撃されてはかなわないので、サウジアラビアを守ると条約で約束してくれと要求しているのだ。パレスチナ国家の樹立だけでもむずかしいのに、安全保障条約までサウジアラビアは求めているわけだ。
 

同国で実権を握るムハンマド皇太子はインタビューで、イスラエルとの「国交樹立に向かって日に日に近づいている」と答えている。ただ、どのくらい近いかは言わなかった。まだ、地球と月ほどの距離が残っているのかもしれない。
 

この皇太子を見ていると、日本の竹取物語の主人公・かぐや姫の話を思いだす。求婚する男たちに姫は、かなうはずもない願いごとをする。それをかなえてくれたら結婚しよう、というわけだ。しかし、だれもかなえることができず、姫は未婚のまま月に戻ってしまう。ムハンマド皇太子はじつは、「かぐや王子」なのだろうか。月に行きそうな気配は見せてはいないが。


いずれにしろ、多数のパレスチナ人がガザで殺傷された。その流された血が乾くまでは国交交渉は停滞を余儀なくされるだろう。

 

-了-

バイデンの再選に暗雲

 

この戦争が米国の大統領選挙に与える影響についても触れておきます。昨年10月、民主党内のジョー・バイデン大統領への支持率が、前月に比べ11%も下がった。ガザで始まった戦争で、イスラエルを支持したためと考えられます。とくにネットで激しい爆撃や子どもが亡くなる動画などを見ている若い世代は、パレスチナ寄りの傾向が強い。民主党全体で見ても、戦争が始まる以前はイスラエル支持が多数で、パレスチナを支持するのは、バーニー・サンダースに票を入れるような人たちに限られていましたが、いまではパレスチナ支持の方が上回っています。

 

よって今後、パレスチナ寄りの政策をとらないとバイデンは票をとれない。とくにバイデンにうんざりしている若者たちは、次の大統領選の際、共和党候補の最有力であるドナルド・トランプに入れることはないかもしれないけれど、「家でフットボール観ていようか」とか「テレビの前でごろ寝してようか」といった選択をする可能性が高い。

 

さらに米国内のイスラム教徒は本当に頭に来ていて、バイデンが「イスラム教徒の代表に会いたい」と言っても誰も会おうとしない。イスラム教徒の間では、「絶対バイデンに入れない」という運動も始まっている。米国における中東ルーツの人の割合は決して高くないけれど、「スイングステート」と呼ばれる激戦区の一つ、ミシガン州には、3%いて、この人たちの動向次第で、バイデンは、前回選挙で辛勝したミシガンを落とす確率があります。ミシガン以外のスイングステートも、現在のところトランプが優勢。すでにバイデン大統領の再選には、黄信号が灯っています。

 

戦闘が拡大すれば日本経済は終わり

 

最後に、この戦争の中東全体への波及という点についてお話しします。いま、レバノンで活動するシーア派の武装組織、ヒズボラーが、イスラエルと小競り合いをやっていますが、これは「やってる感」を出しているだけで、イスラエルとハマスの戦いに参戦したいとは思っていない。ただ、ヒズボラーは強力な軍事力を有しています。イスラエルとハマスが大リーグとリトルリーグくらいだとすると、ヒズボラーは日本のプロ野球並み。ミサイルを15万発くらい持っている。ハマスにもミサイルはありますが、遠くに飛ばないし、飛ぶのがあっても誘導弾ではない。ヒズボラーのは遠くまで飛ぶし、すべて誘導装置がついている。イスラエルは、「もしヒズボラーが参戦すれば、レバノンもガザと同じように徹底的に爆撃する」と言ってますが、そうなったらヒズボラーも確実にイスラエルの石油タンクや飛行場、原発施設、核燃料施設を攻撃するでしょう。そうなれば世界規模の大惨事は避けられない。

 

だから、私はヒズボラーが参戦するのではないかとヒヤヒヤしていましたが、最近はそれよりも、イスラエルが「イラクがバックにいるヒズボラーとはいつか戦わなくちゃいけない。ならいまでしょ」と先制攻撃に出るのを心配しています。イスラエルは現在、予備役を動員して50万人の兵がいますし、レバノン国境の住民は南部に避難しているので、やるのなら確かにいまが絶好のチャンスともいえます。

 

もう一つ、中東でイスラエルと戦っているのが、イエメン南部のフーシー派と呼ばれる人たちです。フーシー派は、パレスチナ支援を表明し、紅海の南出口にあるバブ・エル・マンデブ海峡を通るイスラエル関係の船舶を攻撃しています。このため米国と英国は、航行の自由を守るため、フーシー派の軍事拠点に攻撃を開始しました。

 

イエメンでは、毎週、100万人規模のパレスチナ支援デモが行われるくらい、パレスチナへの同情心が強い。そのため、パレスチナ人のために立ち上がったフーシー派は、反政府組織にもかかわらず、イエメン国内での評判がうなぎ上りで、しかもにっくき米国と戦っているということでますます人気が高まっています。

 

フーシー派もたくさんミサイルを持っているのですが、ハマスと同じく地下に隠しているので、米軍が爆撃しても十分耐えられる。よって戦闘は今後も続くと考えられます。

 

いまは、ヒズボラーとフーシー派の動きだけですが、今後、米・イスラエルとイランが衝突するようなことにでもなれば、紅海軽油の輸送がストップするだけでなく、ペルシャ湾が閉じる可能性もあります。そうなったら日本経済は終わりでしょう。日本の中東原油輸入依存率は、70年代のオイルショックのとき7割くらいでしたが、現在は9割をこえています。しかもオイルショックのころは、アラブ諸国が半分、イランが半分でしたが、近年、日本は米国に遠慮してイランから石油を買っていない。ほとんどがサウジアラビアとかアラブ首長国連合からです。50年前、あれだけ苦労したのに、なぜ中東原油への依存率が下がってないのか。経済産業省は、なにやってきたんでしょうか。そしてなぜみんな、もっと心配しないのでしょう?とても不思議ですね。

 

-了-