人生が変わったなと

思う瞬間がある。

自分はプライドが高く、

というよりそう思っていて、

周りの見た目を気にし、

恥ずかしがりやかもしれないが、

ずっと好きな人がいて、

周りにそれがわかっていても、

自分から恋の告白はしない。

それで、クールで完全な人間と

思い込み生きていた。

また、夢を持ってそれに向かって

生きることが全てだと思っていた。

しかし、ある酔っ払った時に勢いで

口から出るはずのない

その恋の告白をしてしまった。

その瞬間今までの自分と変わった。

全てがやわらかく見え、

かたかった頭がいっきにほぐれた。

人懐っこい人へと変化した。

また昔描いていた未来の

自分ともかけ離れた。

どこかに、夢を諦めたくないのはあるが、

どうでもよくなった。

最近よく耳にするのは、

企業や市町村の合併だ。

なぜ合併するのかというと、

一つの組織では、

業績が悪くて

規模でどうにか

補おうとするからだ。

帳簿上はそれで

良くなるのだけれども、

サ-ビスや商品の

品質は落ちる。

当たり前だけれど、

組織が単体では

成り立たないから

合併にたよるのだ。

だから、悪い組織は

合併し巨大化し続ける。

逆に、いい組織は

分割し細分化する。

細分化して一つずつ物事を

考えられるようにし、

悪い所を追及しやすくし、

今後の戦略も練り

やすくするためだ。

それは、その時だけの安易な

判断ではなく先をみている。

仕事には自然と感じる

暗黙の了解がある。

常識、感覚、人との距離感、

マナ-、モラルなど。

普通の人はその

範囲の中で動くし、

それを壊したくない。

そして、それを守った中で

優劣を決めようとする。

しかし、手段を選ばない、

どんな方法でも

出来ればいいと

考える人がいる。

すごく腹立たしいし、

また、羨ましくもある。

そんなやり方をすれば

誰だって簡単に

金儲けできるよ。と思うが、

自分には出来ないからだ。

それは、変なプライドなのか。

それを捨てたくないのは

生まれ持ったセンスなのか。

しかし、手段あっての結果。

共感を得ない手段は、

結果以前に劣っている。

横文字についていけない。

次から次にいろんな

言葉がでてくる。

ぺらぺら横文字を使う人は

かしこそうに見え憧れる。

自分に係の薄い

言葉はすぐに忘れる。

一つずつ意味を知っても

その時はなるほどと思うが、

次の機会には忘れている。

横文字の辞書を

持ち歩く必要がある。

日本語で十分伝わるのに

どうしてそんなに使いたがる。

知識があると自慢したいのか。

もともとは専門の人だけが

使っていた言葉で

その世界には存在し、

専門外の人は知らなかっただけで、

新たな言葉が作られたわけではない。

それをメディアなどで

とりあげるごとに一般化しているのだ。

広く浅くいろんな事を知っていないと

社会人ではないみたいだ。

一緒にいると迷惑

ばかりかける嫁。

どうしてそんなに

嫌味が言えるのだろうか。

どうしてそんなに

ひどい事ができるのか。

「普通だと、犯罪だぞ。」

甘えられる人間が

今まで居なかったのか

吐き出し口に人の親を利用する。

自分にも子供がいる。

親に迷惑がかかり狂いそうだが、

離婚はできない。

喧嘩すると倍返しで親にいく。

抑えるしかない。

卑怯な手口だ。

それでも子供の嫁。

「別れろ」と子供には言えず、

嫁を責めて出て行かれて

子供を不幸にもできない。

吐き出し口になる親に

吐き出し口はない。

しかし、最近やっと

少しずつ係はよくなった。

つらいことが多かっただろうが、

またこれからも

あるかもしれないが、

「離婚して不幸になった

訳ではないから

まだましだぜ。」

そう思うしかない。