佳人薄命 -ご報告- | あづまの書斎

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基本的には私が読んで面白かった本のご紹介です。
時々、時事や身の回りの出来事なんかもお話させていただきます。

この3回、母が末期の難治性癌である事を綴っておりましたが、8日夜に、父に看取られて息を引き取りました。
70前でしたので寿命といえば寿命なのですが、人生100年とも言われている昨今に鑑みて、早く、突然すぎる死に何とも言い表せない気持ちを抱えております。

9日に通夜、10日に本葬だったのですが、参列は親族のみ、としたにもかかわらず、40人ほどの方々の弔問をいただき、口々に『いい人だった』と別れを惜しんでいただいた事については感謝に堪えません。
幸いな事に、と言うべきか、私にとって母は、8日に亡くなった母1人しかおりませんので、母というのはこういうものなのだと、当たり前になり過ぎていたきらいもありますが、そのようにお悔やみのお言葉を皆様よりいただいき、ようやく母が素晴らしい人物であった事を知りました。
特に印象的だったのは、父方の祖父の葬儀以来、10数年ぶりにお会いするとある親族の方より弔問をいただいた事です。

私とその方との関係がどのようなものかというと、私の父方の祖父に弟(故人。仮にX氏)がいたのですが、そのX氏のご子息となります(仮にY氏)。
X氏は私自身が幼い頃の数度と、父方の祖父の葬儀でのやりとり、そして仄聞している情報を総合すると、非常に問題のある人物だったようです。
対するY氏は、対人関係については良くも悪くもメリハリの効いた対応をなさる御仁で、実の父であるX氏の葬儀に参列しなかった事で親類縁者の眉をひそめさせたほか、他の親類についても問題のある人物については辛辣な言葉で罵倒するなど、私は嫌いではありませんが、親類からは鼻つまみ者として扱われている方です。
通夜振る舞いの席もお開きとなり、親類が皆引き上げた後でそのY氏がお一人でお見えになり、お線香をあげていただいた後で『優しいええ人やった』と、時間も時間でしたので短いながらも、別れを惜しんでいただきました。
前述の事情がありますので、他の親類とは顔を合わせたくなかったという事もあるのでしょうが、そうであれば、弔問にいらっしゃらなければ確実に顔を合わせずに済むところを、わざわざ時間を選んでおいでいただいたあたり、母がいかに親類縁者より慕われていたかを思い知った次第です。

取り止めもなく、単なる母親自慢とも取れる記事となってしまいましたが、正直、私自身も母の死を現実のこととして受け止めきれていないのではないかと思うところがありますので、ご容赦願います。