乗客を乗せた汽車はゆっくりと遠野駅を離れて行く。
冬の15時過ぎとなれば、太陽はかなり山の稜線に近付いている。住宅地の間を抜ける汽車には、薄く暗い影が迫っている。
真冬の斜陽が照り返す猿ヶ石川を越え、汽車は街の外に出る。夜は白を覆い尽くす黒が支配する世界である。
やはりこの年は雪が少なく、ところどころ踏み固められて氷になり、其処に太陽の光が反射している。世界が今日最後の輝きを放っているかのようだ。
風の丘を過ぎ、綾織に出ると、汽車は広大な田園地帯に差し掛かる。
跨線橋を見上げる一本の木は、何時もと変わらずに此処に座っている。
山にも雪は少ないが、それでもやはり冬らしい表情を見せつつあり、そして遮るものが何もない広大な大地では、強い風に雪の精たちが好き放題に遊んでいる。
あそこに見える白い峠の向こうに目指す街がある。
遠野と宮守の間には、笠通山(かさかようやま)が聳えており、この山の近くではキャシャという妖怪が出て人の死体を食うという、何とも恐ろしい話が遠野物語に出て来る。
遠野市立博物館のすごろくにもキャシャをモチーフにしたイベントが設定されており、俺はとても頻繁にキャシャに襲われている。
二日町を過ぎると、嘗ての宮守村の外れである上鱒沢地区に差し掛かる。峠を挟んで現在の遠野市側にまで村域が広がっていたということで、ひと言で宮守といっても様々な特色を持った土地があったことがわかる。
余談だが、旧宮守村の面積は165平方キロメートルと少しで、これは長野県の駒ケ根市をほんの少しだけ小さくした面積に近い。
汽車は柏木平の峠を進み、暫く人家も疎らな寂しい森の中を往く。
人里離れた山懐にも、貴重な平地を利用した田園が広がっている。近くに住む人が手入れしているのだろうが、此処まで通うのも結構大変そうだ。
流石にこのあたりは冬になると人通りが全くなくなり、雪は積もり放題に積もっている。季節はこうした人が見ていないところで進んでいるのかもしれない。