この日は彼女と何か盛岡で美味しいものを食べて帰ろうと相談し、彼女がピザを食べたいというので、開運橋通りにあるピッツェリア・ピアーチェに足を運んだ。
この店はナポリの名門ピッツァ店で修業を積んだベテランの職人が焼く、本物のナポリピッツァが食べられる名店だ。
ピッツァ以外にも、副菜としてイタリア料理がいただける。いろいろ食べられそうな前菜の盛り合わせを先ず発注すると、モッツァレラチーズに生ハム、サラミ、バケットと盛りだくさんの冷菜が運ばれて来た。これで2人分だが、小食の人だとこれでも結構満足なのではないだろうか。
一杯目のアルコールには、イタリアワインのサングリアをいただいた。
とても長い旅の最後に、誰かと一緒に食事をしているとは想像も出来なかった。今でも夢なんじゃないかと思うことがたまにある。
良い感じに酒が進んだところで、いよいよピッツァが目の前に登場。
彼女がこの店を希望した理由に、何とハート型のピッツァがいただけるということがあったのだが、いざ目の前にして見ると何とも可愛らしい姿であった。ベースはマルゲリータで、生ハムが薔薇の花のようにトッピングされている。
石窯で薪を焚いて焼いたピッツァは生地からしてとても香ばしく、本物のピッツァとはこういうものを指して言うのだということを感じた。
折角だから別の種類のピッツァも食べてみたいと、クアトロフォルマッジ(4種類のチーズのピッツァ)も発注した。
トッピングはチーズのみという極めてシンプルなピッツァで、このままでも良いがお好みで蜂蜜を掛けて食べる。ブルーチーズの特徴的な塩気に、蜂蜜の甘みが調和して渾然一体。口の中にオーケストラが大音量で響き渡ったかのようだ。
ピッツァの右上には、この店の職人がナポリピッツァ協会に認定されてから何枚目に焼いたピッツァだ、という通し番号が書かれている。これがゾロ目など良い感じの数字だと、ピッツァが半額でいただけるなどサービスを受けられるようだ(今もやっているかは不明)。
前菜とピッツァ2枚をいただいたところで、おなかいっぱい。
デザートもイタリアのドルチェがいただける。その中でも、カッサータというのは今までに食べたことがなかったので、発注してみる。
カッサータはシチリアでよく食べられるドルチェで、イタリア風アイスクリームと表現されることもあるが、チーズが入ったクリームにたっぷりナッツとフルーツを混ぜて冷やし固めるという製法で、アイスケーキに近いものだ。
これが最高だった。口に入れた瞬間、エトナの冷たい雪が弾け、続けざまに夏のシロッコが運ばれて来たかのような驚きが押し寄せた。生まれて此の方、こんなにも不思議で美味しい甘味をいただいたことはない。
日本でも御馴染みのティラミスもいただいた。
ティラミスの語源はイタリア語で「私を引っ張り上げて」という意味で、「私を元気にして」とも解釈出来ることから「元気になるドルチェ」と地元では言われているという。ピッツァだけではない様々なイタリア料理を手掛ける店の主人にとっても、最後にティラミスを食べて貰い、元気になって帰って貰うという思いが込められているような気がする。
イタリア料理というと俺はトニオ・トラサルディーを思い出すが、トニオさんの科白からは料理に対する深い愛情と誇りが感じられる。
「トマトを料理させたらイタリア人に敵う者はおりません……これは自慢ではありません、誇りなのです」
「私は一部の気取った食通だけが食べている料理は出しません……母から娘に受け継ぐような、素材を活かした、人々の歴史と共に歩んでいる料理をお出しします」
「(本当に人に美味しい料理を食べさせようとしていただけなのかと問われ)料理人にとって他に何があるというのでしょう?それが私の生き甲斐です、それが私が望む全てです」
きっと、美食の国と称されるイタリアで修業を積んだ店主も、同じように人に美味しいピッツァを焼いて食べさせることに全てを注いでいるのだろう。それが感じられる料理に出会ったとき、俺はその作り手に無条件の敬意を表するし、生きる世界は違えど俺もその域に近付きたいと思うのである。
盛岡でこのような料理人に出会えるとは、旅の最後に素晴らしい体験である。