これ以上先に進んでも何もなく、他へ迂回する道もなさそうなので、おとなしく鱒沢方面へ引き返すことにする。
少しずつ空は明るくなって来て、淡い光が山の木々に降り注ぎ、通り掛かる者の心に神性なる印象を残す。
山の天気は変わり易いというが、それは悪化するときだけでなく良化するときにも同じことが言えるようで、先程まで空と山の境界すらよくわからなかったところへ、次第に太陽の輪郭がはっきりと定まりつつあった。
山の霧は見る見るうちに晴れ上がって行く。雨が残る地面を蹴り、霧の向こうの鱒沢へ戻ろうとしていた。
そして、あっという間に鮮やかなセルリアンブルーが頭上に姿を現した。
一部霧が残っているものの、太陽の日差しはもう途切れることなく地上に降り注いでいて、山の紅葉もより一層激しく燃え上がっている。
帰りは下りで余所見もしないため、もうカボチャの家まで戻って来た。
それから幾度かのアップダウンを越えれば、鱒沢の十文字は目の前だ。
段々と人の生活の気配が感じられるようになって来て、それと同時に神子という土地で見聞きしたものが幽谷の彼方へと溶けて行くようであった。
鱒沢十文字(と勝手に呼ぶことにした)を過ぎ、最後の急坂を上ると、丘の頂上の農村公園に辿り着く。
此処で少し疲れたので、丘に挑む前にひと息入れることにした。
脇の藪に目を遣ると、先程は気付かなかった人為的に積まれたであろう小さな石塔を発見した。
恐らく集落の昔の住人が、立派な五輪塔のようなものは作れないが自分の祈りを形にしたいと、石を拾い集めて積み上げたのだろう。それぞれの石は苔生していて、気が遠くなるほど昔からこれがこの場所にあったと想像出来る。
俺も何か、自分が信じるものを形にすることが出来れば良い。