集落の東側の道には、建物は殆ど無くただ草原が広がっているのみだった。
夏の田園に電信柱、深い山に白い雲。遠くにはこの地にひっそりと暮らす家の屋根が見えている。
日本の夏に理想の形があるとしたら、恐らくこれが最も理想に近い姿のひとつであろう。
やがて道は行き止まりになってしまう。此処から先は、何処にも行けない。
時折、この季節にしては涼しい風が谷間の集落を吹き抜けて行く。
時間が止まって、ずっと此処に居られたら良いのにな、と思った。
現代の日本人が忘れてしまった、昔は何処にでもあったであろう夏の景色が、この場所には変わらずにある。
ゆっくり歩いて集落の交差点まで戻る。
先程は気が付かなかったが、集落で一番大きな家には盆の幟が掲げられていた。
中滝で生まれ、中滝で一生を終える人もいるだろう。そうやって日本の物語は生まれては消え、また生まれて来る。
交差点まで戻って来た。永遠にも感じられる長い散歩だったが、時間にすればあっという間だ。
結局、散策中に人と出会うことは無かった。もしかしたら、家の中から俺が訪れたことには気付いていたのかもしれないが。
もし次に中滝を訪れる機会があったら、その時にはどんな姿を見せてくれるだろうか。今日と変わらない夏を過ごしているのだろうか、それとも……。
猿ヶ石川を渡り集落を出ると、何だかもう会えないような気がして胸が熱くなった。
でも、後ろを振り返ってばかりいるわけにはいかない。時間の流れは待ってくれない。先へ進むのみなのだ。

